「復興五輪」の理念どこへ 無観客、交流もできず…置き去りの被災地

 東日本大震災の被災地の福島、宮城両県などで21日、競技が始まる東京五輪だが、新型コロナウイルス禍に覆われて当初の「復興五輪」の理念はかすむ。被災地との絆を次代に引き継ぐこともレガシー(社会的遺産)に位置付けられたものの、「第5波」と言われる感染再拡大で大半の会場は無観客となり、海外からの選手たちとの交流イベントも中止が相次ぐ。高まらぬ機運に、被災地の人々の胸中も複雑だ。

 「多くの会場においては無観客で開催となりますが、東京大会の意義は決して損なわれるものではありません」「(被災地の)復興が進んだ日本の姿を、力強く発信する機会になると思います」。20日、東京都内で開かれた国際オリンピック委員会(IOC)総会のあいさつで、菅義偉首相はこう強調してみせた。

 現実はどうか。都内には4回目の緊急事態宣言が継続し、この日も1387人の新規感染者を数え、全国への波及が強く懸念される環境下で、世論は祝祭ムードから程遠い。被災地の福島県で実施される競技も直前に無観客が決まり、受け入れ準備に奔走してきた地元関係者を戸惑わせた。

 大震災が発生した後の2011年7月、これから立ち上がっていく被災地を世界に発信しようと、東京都が「復興五輪」を旗印に手を挙げたのが起点だった。13年に東京開催が決定し、安倍晋三前首相は14年、所信表明演説で「何としても『復興五輪』としたい。日本が新しく生まれ変わる大きなきっかけとしなければならない」と述べた。

 だが、コロナのパンデミック(世界的大流行)が東京大会を一変させた。

 安倍氏は開催が1年延期される前の20年3月、新たなスローガン「人類がコロナに打ち勝った証し」を提示し、菅氏も継承するとともに「安全安心の大会」と繰り返してきた。結論として、政府は防疫を達成できず、最後まで模索した有観客五輪も断念せざるを得なかった。

 今月13日、開会式が行われる国立競技場近くに、被災地復興支援へのお礼をテーマにした記念碑がお目見えした。人と人の触れ合いが大きく制限される東京大会。先の見えないウイルスとの闘いに心をすり減らす国内外の人々と被災地を、果たしてどこまでつなげられるだろうか-。

 観客を案内するボランティア活動に取り組むはずだった福島市のNPO法人「うつくしまスポーツルーターズ」の斎藤道子さん(57)は「復興半ばにある被災地で生きる人たちの姿を、五輪を通して伝えることで、これまでの支援への感謝を示したかった。今は、この大会に意義を見いだすのが難しくなっています」と話す。

 (久知邦)

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