後輩たちに寄り添った内村が望むのは「超える」より「つくる」

 鉄棒の演技を終えた内村航平(ジョイカル)=長崎県諫早市出身=は得点表示に背を向けてフロアを後にした。ショッキングな落下に落胆の色は隠せない。だが、このまま後輩の演技を見ずにいなくなるわけがない。そう確信していた。

 体操男子の予選で、種目別の鉄棒に絞っている内村に団体メンバーと一緒に演技を回る義務はない。それでも着替えを済ませ、思った通りに後輩たちに寄り添った。

 団体の4人は全員初出場で、平均年齢21・5歳。自らを「大長老」と表現する32歳の金メダリストとは年齢も実績も違いすぎる。大会前、内村はこう話していた。「今後、日本を背負う選手たちに自分の経験というのは絶対に伝えておかないといけない」。合宿では小まめに技術面の助言を送り、萱和磨(セントラルスポーツ)にはチームリーダーの心得を説いてきた。

 1964年の東京五輪では33歳の日本選手団主将、小野喬にけん引された「体操日本」が団体総合を含む金5個、銀4個とメダルを量産した。今大会の体操男子が掲げるテーマは「Beyond1964(1964年を超える)」―。6月にあった五輪代表合宿の最初のミーティングで当時を超える結果を目標とした。

 「目標として置くことはいいと思う」と受け入れつつ、「今のこのチームで新しい歴史に名を刻める演技、名場面をつくっていけたらいいんじゃないのかな」と内村が話した言葉が深く心に残っている。

 4年前のリオデジャネイロ五輪は「アテネの冨田さんの着地を超えたい」と臨んだ。団体金メダルを獲得した2004年アテネ五輪の最終演技者、冨田洋之の鉄棒の着地のシーン。当時のNHKのテーマソングから「栄光の架橋」と語り継がれる名場面だ。リオで悲願の団体の頂点に立つと考え方が変わった。「アテネはアテネ、リオはリオ。何かを超えるというのは無理。自分たちで新しくつくるしかない」と東京五輪メンバーに望んでいた。

 内村の応援の後押しを受けた後輩たちは団体で金メダルのリオ五輪でもできなかった予選1位を決め、エース格の19歳、橋本大輝(順大)は個人総合も1位で通過した。「今後の日本というか、世界の体操界を引っ張っていける選手たちがそろっている。(自分は)いらないじゃんと思った」。そう振り返った「大長老」の顔は誇らしげだった。 (伊藤瀬里加)

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