39歳のリアル感じながら投げた“上野の389球” 13年の思い詰まった「金」

 13年前と同じポーズで喜びを表現した。ナインに囲まれた上野が右手の人さし指を天に向ける。「リエントリー」で再登板した七回を三者凡退。「上野の413球」で頂点に立った2008年北京五輪に続き、決勝で宿敵米国を破った。

 「本当に感無量。諦めなければ夢がかなうことをたくさんの方に伝えられた」。前回決勝と同じオスターマンとの先発対決。「ここに立つために13年間いろんな思いをした。投げられなくなるまで絶対投げてやる」。一度は後藤の救援を仰いだが、最終回はマウンドに再び立った。

 3大会ぶりの競技復帰が決まり、集大成の舞台となった東京五輪。1年延期にも動じなかった。「ソフトボール人生にもう悔いはないが、個人的な感情だけで『やめたい』はない。金メダルは使命。そのために頑張れている」。その使命を果たすため、宇津木麗華監督も本音でぶつかった。

 19年春に打球を受けて顎を骨折し、今春は右脇腹を痛めた。「打球をよけられないのは実戦勘が乏しいから。故障もフォームに原因がある」。宇津木監督が「上野とは心と心の会話」と呼ぶ2人のやりとりでは、周囲が驚くほどの激しい意見の応酬もあった。

 上野は「意見が食い違うこともあったけど、それで嫌いになるような信頼関係ではない」と明かす。「彼女は日本の宝だけど、『永遠のプレーヤー』のままでは成長はない。『自分を指導』できるようにならないと」。宇津木監督は新境地を求め、上野も応えた。

 39歳の誕生日だった22日のメキシコ戦は七回途中で降板。「39歳をリアルに感じた」と漏らしたが、蓄積した経験と円熟の技術でカバー。再登板もあった決勝も無失点と好投した。4試合に先発した東京五輪での「上野の389球」は新たな伝説となった。

 試合後、宇津木監督と抱き合って号泣した。「麗華監督がプレッシャーに押しつぶされちゃうんじゃないかという姿を見て、少しでも力になりたいと思っていた。最後に恩返しができて本当に良かった」。恩師を抱きしめた両腕に力がこもった。

 (末継智章)

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