強い弱いは執念の差 “世界一の先輩”の金言【動画】

 東京五輪でも金メダルの立役者は不屈のエース、上野由岐子(39)=福岡市出身=だった。「最高にかっこいい」「再び感動をありがとう」。米国とのソフトボール決勝で日本が金メダルを決めた27日夜、母校の恩師や後輩は最大限の称賛を贈った。

率先して重いボールのかごを運び、弱音を吐かなかった

 「上野ならやってくれると信じたが、本当にすごい」。同校の池田憲二教頭(57)は在校生と同校で観戦し、教え子をたたえた。

 3年間担任を務め、努力する姿を見守ってきた。中学から全国に名をはせた上野。部活では真っ先にグラウンドに現れ、率先して重いボールのかごを運ぶ。「てんぐになることはなかった」。高2の夏に走り高跳びで重傷を負い、インターハイ出場を逃しても弱音を吐かなかった。

 その冬、米国での修学旅行。早朝に自主練習を重ね、テーマパークではけがをしていた同級生を背負う優しさも見せた。2008年の北京五輪前には練習の合間に母校を訪れ、池田さんが監督を務めるバスケットボール部を激励。強い弱いは執念の差-。上野の金言に刺激され、日本代表になった後輩もいる。

 東京五輪直前の6月。コーヒー好きの上野に自家焙煎(ばいせん)の豆を差し入れると、返礼に「Yukiko」の名前入りタオル40枚が届いた。「金メダルを取ったら凱旋(がいせん)させていただきます」。メールにしたためた“約束”は近く実現するはずだ。

 長年ソフト界を背負い続けた上野。「想像できない重圧に耐えた。これで肩の荷が下りる」。池田さんは目を潤ませ、いたわった。

できないことをなげくより できることに感謝しながら

 母校福岡大若葉高(旧九州女子高)=福岡市中央区=を今春卒業した上野海森(みもり)さん(18)=北九州市出身=は、上野が最後の打者を打ち取ると「キャーと叫びまくりました」と喜びを爆発させた。

 北京五輪の決勝後、人さし指を突き上げて歓喜するナインと中心にいる上野。5歳で記憶はないものの、動画を目に焼き付けた。兄の影響で小学1年から競技を始め、同じ投手として「上野選手はずっとお手本」。

 高3の昨年、新型コロナウイルスの影響で全国高校総体(インターハイ)が中止に。「何を頑張れば良いか分からない」と失意の中、上野から色紙が届いた。

 できないことをなげくより できることに感謝しながら(抜粋)

 上野直筆の言葉に背中を押され、代替大会で県ベスト4になり「やれる力は全部出せた」。大学日本一を目指して進んだ園田学園女子大(兵庫県)の寮でも宝物として色紙を飾る。

 東京五輪で4試合に先発し、けん引し続けた上野。寮のテレビで声援を送った海森さんは「世界一の瞬間は忘れられない。最高の先輩です」。

「私もやってやる」母校の後輩たちが共鳴

 エース上野由岐子の母校、福岡大若葉高(福岡市中央区)では生徒や教職員40人がテレビで観戦。上野が最後のバッターを打ち取ると大喜びし、涙ぐむ人もいた。空手部の藤丸世玲奈さん(17)は「先輩は私たちの誇りです」。初めてソフトボールの試合を見たという内間心宥(こひろ)さん(17)は「競技をもっと知りたい」と目を輝かせた。

 現役ソフト部員26人は、28日から全国高校総体が始まる福井県の宿舎で応援した。吉田美緒主将(18)は「完璧な投球で、明日の試合に向けて背中を押された」。粂本(くめもと)健監督(58)は「大舞台でいつも通りの姿。貫禄すら漂っていた」と感嘆した。

 昨年の主将、谷口真菜さん(19)は公務員を目指して勉強中。「『私もやってやる』という気持ちになった。夢をかなえたい」と声を弾ませた。

 (高田佳典、梅沢平、竹中謙輔、才木希)

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