上野と黄金リレー…20歳後藤、ソフト「金」の立役者に

 シンデレラガールが金メダルの立役者になった。試合後、歓喜の輪の中で、チーム最年少20歳の後藤は両手でタッチを交わした上野に頭をなでられた。米国との決勝は2点リードの六回無死一塁で、無失点に抑えてきた上野に代わりマウンドへ。1死後に中前打を許したが、幸運なダブルプレーも呼び込みピンチを切り抜け、再び上野にバトンを渡した。

 20歳での初五輪。国際大会での経験の少なさが他国の脅威になった。しかも宇津木監督が「教えてできるものではない」と舌を巻く能力を二つ備えている。一つが「審判を自分の味方にできる」ことだ。審判がストライクと判定するコースを察知し、そこに迷いなく投げ込む。その姿を上野の若い頃にダブらせる。

 もう一つが「優れた打者であるほど勝負を挑んでいく」ことだ。打たれても、宇津木監督は否定しない。「それを糧にして『自分』を確立して成長していく気がする。打たれたから逃げる、では駄目。逆に利用して抑えることが大事」。強い気持ちで工夫を重ねることが大切だと力説する。

 110キロ超の速球を武器に、愛知・東海学園高時代に代表入り。将来を嘱望される左腕を、宇津木監督はあえて代表から外したことがある。「あの頃はコミュニケーションに問題があった。チームメートに合わせられない選手は、いい選手ではない」。改めて自分の立ち位置を分からせた上で再び代表に招集。初出場の五輪で5試合に登板し、10回2/3を無失点、22奪三振と躍動した。「ポスト上野」がエースへの道を歩み始めた。 (西口憲一)

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