ラグビー7人制・藤田の晴れ舞台を支える 東福岡高校時代の級友と二人三脚

 ラグビー7人制男子日本代表の藤田慶和(パナソニック)の「リベンジ」の戦いが終わった。2016年のリオデジャネイロ五輪直前に代表を落選してから5年。失意の藤田を救った東福岡高校時代の級友と二人三脚でたどり着いた晴れ舞台だった。

 藤田は高校時代に全国大会3連覇をけん引。3年時に7人制の日本代表に初選出された。15人制でも15年のワールドカップ(W杯)に早大4年時に出場するなど注目されてきた。落選は脚光を浴びてきた男が初めて味わう暗いトンネルの入り口だった。「悔しさのあまり、ふてくされる態度をとってしまった」。リオ五輪後はけがも重なり低迷。ふさぎがちになった。

 「気さくな性格で考えこむことなんてなかったはずなのに…」。藤田の異変に助け舟を出したのが高校時代の友人、佐藤宏樹さん(27)だった。テニス部の佐藤さんと部活は違っても気が合い、卒業後も交流。佐藤さんはメンタルケアや栄養、睡眠に関する本を買っては藤田に電話で毎日2時間かけて伝え続けた。

 メディア露出を増やそうとブログの立ち上げも進言。藤田にほぼ毎日記事を書かせては添削した。昨年からはマネジャーとしてサポートし、公式ユーチューブチャンネルも設立。格闘技など積極的に異業種と交流させて幅広い層にラグビーの魅力を伝える「使命」をもたせた。藤田は佐藤さんのおかげで変わったという。「自分のためから、支えてくれる方々のために頑張りたいと思えるようになり、プレーが向上した」と感謝する。

 メダルを狙った戦いは11位に終わった。全5試合に出場し、SHとしてボールを動かし、キッカーを務め、体を張り続けた。「仲間や支えてくれた人のために頑張ろうと思い、(最後の韓国戦は)勝利できて良かった。また挑戦の機会があるならメダルを目指して頑張りたい」と次を見据えた。 (末継智章)

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