プールない時代にクリークで始めた競技生活…競泳メダリストが語る現代の「商業五輪」

 連日過熱する東京五輪の報道に、距離を置くオリンピアンがいる。「プロ選手がたくさん入って、勝ち負け中心になって。今の期間は、見るテレビがない」。1960年ローマ五輪の競泳男子400メートルメドレーリレーの銅メダリスト富田一雄さん(82)=福岡県久留米市大善寺南=は苦笑する。

 富田さんは同市城島町出身。三潴高3年で競泳男子100メートル背泳日本代表として56年メルボルン五輪に出場し、日本大4年でローマ五輪へ連続出場した。

 ローマでは、予選記録が伸び悩んだ選手に代わってリレーの決勝に出場。自己ベストを記録し、開田幸一さん(柳川市出身)らと共に銅メダルを得た。「前日に腕を強打し、痛み止めを打って泳いだ。麻酔が切れて痛くて痛くて、表彰台の記憶は薄い」。印象に残るのは帰国後、大歓声で迎えられた地元の光景だ。西鉄大善寺駅から母校まで、軽トラックの荷台に乗せられてパレードした。「よくしてもらって、感謝の思いですよ」

 だからこそ今のスポーツで、プロ偏重の選手選考や強豪校への越境入学が進むことにもどかしさを覚えている。「金がなければ強くなれない。そんなのはスポーツじゃない」。プールがない時代、地元のクリークで競技生活を始め、こつこつと努力で記録を伸ばす喜びが、自らの原点にあるからだ。

 「(五輪が)元の姿にならないかな」。過度に商業主義化した今の五輪に対する率直な思いだ。

 (大矢和世)

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