【美は細部に 皇室の名宝展】(下)命の美しさ 生き生き

動植綵絵(どうしょくさいえ)伊藤若冲筆(18世紀)

 「皇室の名宝」展で、来館者が長時間かけて見ている作品の一つは伊藤若冲(1716~1800)の「動植綵絵(どうしょくさいえ)」だろう。色を豊かに使い、動植物の細部まで描ききった若冲の筆力に人々は息をのむ。

 7月25日にはタレントで魚類学者のさかなクンが来館し動植綵絵の一幅「群魚図」に描かれた魚の種類を特定してみせた。参加者たちはさかなクンの深い知識とともに、約250年前のユニークでリアルな絵画表現に驚いていた。

 かように若冲は今、大人気である。

 若冲人気に火がついたのは2000年代に入ってから。没後200年を記念して、京都国立博物館(京都市)で00年に開かれた「若冲展」が契機となったといわれている。

 「こんな絵かきが日本にいた。」

 若冲展のポスターに書かれたコピーだ。「美術関係者にも広く知られておらず、教科書にも載っていなかった」。企画した同博物館名誉館員で美術史家の狩野博幸さん=福岡県糸島市出身=が振り返る。

 「だけど若者中心にものすごい数の人が訪れ驚きました。みなさんは『私が若冲を発見した』と思ったのではないでしょうか」

 もちろん今世紀のブーム以前も、不世出の京の町絵師に注目する人は少なくなかった。1970年代、美術史家の辻惟雄さんが著書で「奇想の画家」と紹介した。当時を代表する評論家の渋沢龍彦氏(1928~87)と種村季弘氏(1933~2004)も、若冲をマニエリスム(16~17世紀の美術潮流)の画家ととらえ、18世紀の世界美術の中に位置づける文章を発表している。

 若冲展から20年。「今の人たちは、難しい理屈抜きに若冲を楽しんでいます。見れば直感的に伝わる絵の力があるからでしょう」と狩野さんは語る。

 そんな若冲の作品の中でも、動植綵絵は代表作かつ人気作だ。1765年、肉親を失ったことを機に若冲が京都・相国寺に寄進したもの。若冲の精緻な筆は、まるで動いているかのように動植物を描いている。2016年、全30幅を一堂に展示した東京都美術館にできた最大5時間20分待ちの列が「絵の力」を物語る。

 そんな動植綵絵をどう鑑賞すればいいのか。

 「自由に見て語り合っていただきたい」。そう話すのは宮内庁三の丸尚蔵館の太田彩首席研究官。パリとワシントンで若冲展を開いた時に感じた思いだという。「若冲を知らない人々をも引きつけた理由は、身近にいる生き物たちが描かれていたからでしょう。生き物たちのいろんな表情を絵の中に探し出し、見知らぬ者同士で会話が生まれていました。見たまま感じたままを楽しんでほしい」

 絵の具に目を凝らしてほしいと言うのは狩野さんだ。「さまざまな色が、なぜ輝き続けるのか。若冲はなぜ当時、非常に珍しい純度の高い最高級のものが使えたのか。青物問屋の主という立場や、コストを度外視して寄進することの意味を考えながら見ることもできるでしょう」

 太田首席研究官は動植綵絵の修理に携わり、若冲の彩色技法に改めて触れた。「ものすごく薄く塗っているんです。どうすれば自然が発している色が出せるか、命が宿ったみずみずしい色を再現できるか、薄く薄く塗り重ねながら探求しているかのようです」

 禅には「柳は緑、花は紅、真面目(しんめんもく)」という言葉がある。柳は緑色をなし花は赤く咲くように自然のまま、という意味だ。若冲が親しくした相国寺の大典は高名な禅僧だった。もしかすると大典はこの言葉を口にし、若冲は呼応して絵で表現したのかもしれない。

 国学院大文学部の上野誠教授=福岡県朝倉市出身=は、動植綵絵の前で「ワンヘルス」という単語を思い浮かべた。人と動物、すべての生きとし生けるものの健康を考える、というコロナ禍時代に注目されている言葉だ。

 「山川草木にも命があり、すべてが大切であるという思想は古くから日本にありました。この絵は、そのことを思い出させます。同時にワンヘルスと動植綵絵をつなぐ糸も見えてくるようです」

 若冲が描いた鳥や虫、草花や木、そして魚と貝の30幅。丁重な筆の運びを追いかけてゆくと、すべての生き物が平等に命を与えられている、という大きなメッセージに行き当たる。生きているからこそ、にじみ出てくる生命の美しさ。それを表現するためには、対象を生き生きと描くことが大切。シンプルだけど正鵠(せいこく)を得た若冲の思いは、画面の隅々に表れている。

 (塩田芳久)

 特別展 皇室の名宝-皇室と九州をむすぶ美- 29日まで、福岡県太宰府市石坂の九州国立博物館。宮内庁三の丸尚蔵館(東京)は、皇室に代々受け継がれた美術品などを保存・管理し、調査研究を行う施設。本展は同館が所蔵する膨大なコレクションの中から、皇室の慶事に九州各地から寄せられた献上品や、各時代の日本美術の名品など、計68件103点を通して皇室の文化継承、皇室と九州のつながりを紹介する。

 会期中は展示替えがある(前期=9日まで/後期=11~29日)。動植綵絵は前期に6点、後期は別の6点を展示する。

 入場料は一般2000円、高大生1200円、小中生800円。月曜日休館。ただし9、16日は開館。10日は休館。西日本新聞イベントサービス=092(711)5491。

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