負けん気が強く、個性豊か 私たちは上っていける HKT4期生座談会㊦

HKT48×西日本新聞me 10th記念インタビュー ~4期生編(下)

 HKT48の加入期ごとのインタビュー連載、4期生編は最終章へ。デビュー後のエピソードやこれからの活動への思いを語ってもらいます。(聞き手と撮影は古川泰裕)※取材は7月5日。松本日向はスケジュールの都合によりアンケートでの参加、その文章を基に再構成しています。

 ◆座談会の出席者(五十音順) 運上弘菜(23)北海道出身、チームKⅣ ▽小田彩加(22)福岡県出身、チームTⅡ ▽堺萌香(22)福岡県出身、チームTⅡ ▽清水梨央(17)福岡県出身、チームTⅡ ▽武田智加(18)神奈川県出身、チームTⅡ ▽地頭江音々(20)宮崎県出身、チームKⅣ ▽豊永阿紀(21)福岡県出身、チームH ▽松本日向(20)大阪府出身、チームTⅡ(アンケート参加) ▽宮﨑想乃(20)佐賀県出身、チームTⅡ

 -小田さんはどんなきっかけでHKT48を目指したの?

 武田「小田は『HKT48のごぼてん!』(TNC)がきっかけだもんね?」

 小田「『ごぼてん!』で学校にぴーちゃん(駒田京伽)となっちゃん(松岡菜摘)が来てくれて、今までテレビばかりで好きだったメンバーが、目の前で見たらめちゃめちゃ輝いていて『好き!』ってなって。劇場公演にも行こうって思っていたんですけど、その後さっしーさん(指原莉乃)も来てくれて。憧れから、ちょっと入ってみたいな、という気持ちになりました。4期生で入るか入らないか、ずっと考えていて。周りが大学志望、みたいな紙を出していた時に、全く大学に興味がなかった。どうしよう、夢がないってなったけど、流れがHKTに導かれているような感じがして。落ちたら大学を無理やりに考えてもいいし、受かったら大学に行かずに頑張ろう、っていう気持ちでオーディションに応募しました」

デビュー時の思い出を語る4期生。(左から)地頭江音々、武田智加、豊永阿紀、小田彩加

 -2016年7月、穴井千尋さんが卒業した次の日にお披露目。旧ホークスタウンモールにあった専用劇場も3月で閉館し、HKTが変わっていく時期だった。

 地頭江「ちょっとだけ疎外感はありました。ホークスタウンを知らなかったりとか、『サシコ・ド・ソレイユ』に出ていなかったりとか。私たちからホークスタウンを知らない。ドラフト2期生は知っていたから、みんな『懐かしかったね』ってなるじゃないですか。知っている人たちの方が断然多かったし、HKTに入ったけど、寂しいというか」

 武田「ちょっと別枠だったよね」

 豊永「自分たちしかいなかったしね。研究生が同期しかいないっていうのも、多分…」

 地頭江「(5期生までは)私たちだけだったんですよ。(研究生の組み合わせは)3期生とドラ2だったし、2期生と3期生だったし」

 豊永「そんなことを考えられないくらい、最初の頃に詰め込んでいた気がする」

 地頭江「お披露目後2週間で、(鳥取と島根県で開催された)フレッシュコンサートとか出ていた」

 豊永「お披露目までも、合格して1カ月だった。まだお互いにあんまりしゃべったこともないくらい」

 宮崎「時間なかったんだろうな」

 豊永「それこそ合格の時期が遅れているから」

 「もともと、そこのお披露目を目指してやっていたんだろうなっていう感じのスケジュール」

 豊永「合格して最初のレッスンが、さしさん(指原)が1位になった総選挙の次の日で。マネジャーさんが『今年も、うちの指原が1位を取りました』っていうところから始まりました」

その日のうちに振り入れ「わ、アイドルしているな」

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