なお続く”苦海”の闘い 史実に基づく映画「MINAMATA」が訴えるもの

東京ウオッチ

 九州の西南、天草の島々と本土に抱かれる不知火海は、湖のように穏やかなみなを保つ。内海独特の静けさで、古来見る者の表情を和ませてきた。それが、110年ほど前に本土側の臨海で始まった一化学工場の企業活動によって一変。豊かだった海は、沿岸住民たちを奈落の底に突き落とし、今もなお苦しむ人たちを取り残す惨劇の舞台となってしまう。地元出身の作家、故石牟礼道子さんは悲哀を込めて「がい」と詠んだ。

遠く天草の島々を望み、夕日に映える「不知火海」。悲劇の舞台とは思えないほど、穏やかな水面が続く=2016年9月、河合仁志撮影

 「パイレーツ・オブ・カリビアン」をはじめ、あまたの映画作品で知られる米人気俳優のジョニー・デップさん。9月23日から、そんな世界的スターが主演した最新作「MINAMATAーミナマター」が全国公開される。

 舞台は、1970年代前半の熊本県水俣市。

(c) Larry Horricks

 デップさんが演じたのは、71年から3年間、水俣の患者多発地区で住民と寝食を共にし、原因企業チッソが起こしたメチル水銀被害を世界に告発した米国人写真家、ユージン・スミス氏(1918~78)。実は、デップさんはスミス氏に昔から憧れを抱いていたのだという。映画のオファーに応じることは「考えるまでもないことだった」と語っており、自らプロデューサーにも加わった。

(c) Larry Horricks

 真田広之さん、國村隼さん、美波さん、加瀬亮さん、浅野忠信さん…。日本の名優たちがデップさんの脇をがっちり固める。スミス氏とともに現地に長期滞在し、後の写真集「水俣 MINAMATA」の共著者となる元妻のアイリーン・美緒子・スミスさん(71)=京都市在住=役以外は、実在した人物を複数融合した形の脚本。中でも、真田さんは作品の「メッセンジャー」として、多くのシーンで重要なせりふを見る者に投げ掛ける未認定患者らのリーダー役を演じた。

(c) Larry Horricks

 音楽は、「ラストエンペラー」でアカデミー賞を受けた作曲家の坂本龍一さんが担い、独特の世界観をより高めている。

     ■      

 西日本新聞の水俣支局長を2016年9月~19年8月まで務めた私は、この7月下旬、東京都内で「MINAMATAーミナマター」の試写会に参加する機会を得た。

 3年間、毎日の暮らしとともにあった不知火海。その特徴が忠実に再現され、本土側から見て対岸となる天草諸島はもちろん、現地で淡い伝承の残る「こい島」も重要な場面に映り込む。「水俣病の物語を、正しく伝えられるところまで企画を開発する」。製作陣の執念が、静かに確実に伝わってきた。

(c) Larry Horricks

 「ほぼ9割が、父のエピソードに彩られていると感じました」。8月21日に水俣市である先行上映会の実行委員を務めている川本愛一郎さん(63)=水俣市=に試写会の感想を尋ねると、こんな言葉を返してくれた。

 父輝夫さん(故人)は、患者救済運動の先頭に立ち、当時のチッソ社長らとの自主交渉に身をささげた「闘士」として知られる。

 輝夫さんが一貫してたいし続けたもの。それはむしろ、私たちが生きる現代社会で不気味に、より巨大化しているのかもしれない。意に沿わなければとことん圧力をかけて従属させようとする権力、経済優先のための弱者切り捨て、抗議活動を異端視して地域社会の分断を図る策略…。だからこそ、戦後最悪といわれる公害・水俣病の歴史に刻まれた輝夫さんの闘いの足跡は、死後20年以上たった今も語り継がれ、「普遍性を持つに至っている」(愛一郎さん)。

(c) Larry Horricks

     ■

 2019年秋のことだ。愛一郎さんはアイリーンさんの手引きで、アンドリュー・レヴィタス監督やデップさんの代理人たちと自宅で面会した。アイリーンさんを通訳に、輝夫さんの闘いや家族の思いをじっくり語り、伝えた。

水俣市中心部で、今も操業するチッソの子会社JNC=2018年1月、河合仁志撮影

 「できるだけ真実の出来事を盛り込んでもらいたい」という愛一郎さん、アイリーンさんらの願いは、「MINAMATAーミナマター」の冒頭、漆黒の中に白く浮かび上がる「これは史実に基づく物語である」との字幕からも、しっかりと届いていたことがうかがえる。チッソの社名もそのまま登場する。

 劇中、抗議活動が無視され、被害者側の要求も一顧だにされず、運動が徐々に過激化していくシーンがある。そんな時、チッソ側から切り崩されたメンバーの中から、低額の見舞金による「解決策」に応じるべきだとの署名が示されるが……。

ユージン・スミス氏の活動を伝える1974年10月2日付西日本新聞

 真田さん演じるヤマザキのせりふはこうだ。「闘いは子や孫の世代まで続いていく」。かつて、川本輝夫さんが仲間たちを鼓舞した時と同じように。

 スミス氏が水俣入りして、2021年でちょうど半世紀──。

(河合仁志)

◆   ◆

『MINAMATA―ミナマタ―』 9月23日(木・祝)全国公開 © 2020 MINAMATA FILM, LLC 監督:アンドリュー・レヴィタス  原案:写真集「MINAMATA」W.ユージン・スミス、アイリーンM.スミス(著) 出演:ジョニー・デップ、真田広之、國村隼、美波、加瀬亮、浅野忠信、岩瀬晶子and ビル・ナイ 音楽:坂本龍一 配給:ロングライド、アルバトロス・フィルム

関連記事

熊本県の天気予報

PR

PR