家族と、恋人と、友人と、同僚と、1人でも…イムズの思い出は尽きず

【イムズマンのIMSモノ語り・番外編2】

 福岡市・天神の複合商業施設「イムズ」の8月末の閉館に際して、西日本新聞meが実施したアンケートには、思い出やお別れなど多くのメッセージが寄せられました。福岡の街をビルや乗り物の「かぶりモノ」で描く劇団「ギンギラ太陽’s」とコラボした連載「イムズマンのIMSモノ語り」の番外編の後編。みなさんの声を今回もたっぷり紹介します。

32年の歴史に幕を下ろすイムズ

◇  ◇

行くことそのものが楽しみでした

 ■学生時代、イムズホールのライブに行ったり、上のレストランフロアを友達とブラブラしてどこに入るか時間をかけて選んだりするのがすごく楽しかったです。グリーンもある庭っぽいフロアをおしゃべりしながらくるくる周遊することそのものも。社会人になってアートが好きになり、三菱地所アルティアムに時々行ってました。石田智子さんのインスタレーションなど印象に残る展示があり、イムズはいつもその場所に行くことそのものが楽しみでした(お買い物はあまりしてないかも)。(熊本市、元西南学院大生さん、ソーシャルワーカー女性49歳)

車の入れ替えを見上げていた

 ■車の展示場があった時の話です。天神へ飲みに行っての帰り、たまに(展示車の)入れ替えをやってる場面に出会うと友人としばらく見上げていたのを思い出します。(福岡市、しばにゃんさん、会社員男性56歳)

トヨタ、日産、三菱、スバルの4自動車メーカーが共催したミニ・モーターショー=1990年7月

語って笑って苦しくなるまでおなかいっぱい食べて

 ■2000年~2006年ごろ、大学が福岡でしたので、学校帰りや休みの日、授業がない時間帯などによく行っていました。屋上の庭園でよくくつろいでいました。ガラス張りのエレベーターも田舎者の私からすれば物珍しく、スリル満点でした。一番忘れられないのは、03年、大学4年の頃、ゼミのみんなで最上階にあるバイキングの店に行ったときのことです。思い切り語って笑って苦しくなるまでおなかいっぱい食べて、帰りの電車でも楽しかったね~と語ったことです。あのときのゼミ仲間とはもうずっと会っていないけれど、大切な思い出です。(山口県、ゆさん、会社員女性40歳)

彼女と出会い、結婚して

 ■1998年に新卒で企業に入社し、4年間を福岡で過ごしました。天神の百貨店さんと合同で行ったイベントを通じて親しくなった彼女とデートの定番スポットでした。センスの良いショップをぐるぐる巡り、ときには買い物や食事をして、楽しい時間を過ごさせてもらいました。あれから23年がたちますが、その彼女と結婚し、子どもも授かり、年2回の帰省時(ここ2年間はできていませんが)もよく立ち寄るスポットです。金色のシンボルタワーが無くなるのは寂しいですが、より一層魅力的で、人々の楽しい思い出が蓄積されるスポットならびにエリアに生まれ変わることを期待しています。(横浜市、RYUさん、会社員男性47歳)

イムズの正面玄関。奥の空間に吹き抜けが広がる

思い出が消されてしまうようで…

 ■田舎から出てきた30年前の新入社員時代にほぼ毎日のように行ってました。吹き抜けのビルに透明のエレベーター、洋服や車が展示されていて別世界の気分でした。料理好きの私は「お米ギャラリー」に通い、そこにはお米に合うたくさんのレシピの冊子があり無料でもらえました。しかもファイルまでいただけます。上層階で食事もでき、ビアガーデンも行きました。なくなってしまうと聞いて大変残念でなりません、私の思い出が消されてしまうようで悲しいです。(佐賀県、ジローさん、会社員女性52歳)

往時をしのんでジョッキ傾ける

 ■1992年末に福岡市に勤務地を移動することになってから、多くの海外からの友人や知人を迎えての歓迎会を「KIRIN LUNCHAN(キリンランチャン、現在のKIRIN SOW-SOW)」でよく開いた。一緒に参加してくれた友人たちの多くは既に亡い。今も時折訪ねては往時をしのび、ビールジョッキを傾ける。(福岡市、kaisenさん、医師男性84歳)

書いていてたくさん思い出してきました

 ■小学生のころ開館したので数え切れないほどたくさんの思い出があります。母が大名で働いていたのでバスで天神まで行って、待ち合わせは分かりやすいイムズの1階入り口。食事をしたり、ソニプラ(ソニープラザ)やP2(ペットショップ)に行って雑貨を購入したりしました。高校生のころ大好きだったアーティストがラジオ収録のために訪れたので観覧に行ったこともありました。大好きなスヌーピーショップがオープンした時はうれしかったです。ポールスミスで彼氏(今の夫)の誕生日プレゼントを購入した思い出もあります。あこがれのケイトスペードや少し手が届かないお店も多かったのを覚えています。屋上でビアガーデンも楽しみましたし、地下のイベントで長男と木工遊具で遊びました。思い出は数え切れないぐらい。書いていてたくさん思い出してきました。(福岡県、ゆきさん、パート女性39歳)

地下2階の「プラザ」

数十万円のギター試奏

 ■小さいころ、母が天神に用があって私と妹を連れて出かけた時、健康志向な母の晩ご飯のチョイスはいつも「野のどう」でした。幼い兄弟としては、体にいいことなど知らず、おいしいものをバイキングでおなかいっぱい食べられるラッキーなイベントでした。やがて私は高校生になり、友達とバンドを始めました。イムズの島村楽器で必要なシールドやアームブリッジのネジやバネをよく買いましたし、数十万円の高校生当時としてはかなり高いギターを試奏させてもらったこともあります。(東京都、桃子さん、大学生男性21歳)

東京がうらやましくなくなった

 ■オープン当初のイメージが鮮烈です。ゴールドの外観、吹き抜け、曲がったエスカレーター、車のショールーム、季節ごとに変わる受付の女性の衣装(帽子も!)。なんてオシャレなビルができたんだろう!と。大学入学年の1989年4月にオープンしたイムズは、青春そのものです。東京の大学に進学した友達のところに遊びに行ったときに、東京都庁に連れて行ってもらいましたが、「なあんだ、イムズの方がすごいじゃん」と思い、それ以降東京をうらやましいと思わなくなりました。逆にイムズのオープン前に県外へ引っ越していった友人が帰郷するたびに、「イムズっていうおしゃれなビルができたとよ~」と見せに連れて行っていました。イムズは福岡の自慢です!(福岡市、しぽりんさん、公務員女性51歳)

きらびやかなイムズの回廊

華やかな姿、文化の発信地

 ■当時高校生でしたが、バブル景気で華やかな天神の姿をよく覚えています。高校生にとっては敷居が高いイメージでしたが、単なる商業施設ではなく、文化の発信地という印象でした。(福岡県、スイミーさん、教員男性50歳)

献血はいつもここで

 ■はじめての献血(大学生)も、最近の献血(良い歳です)も、イムズでした。天神で買い物をして、休憩がてら献血に行ってます。(福岡市、けんけつちゃんさん、会社員女性36歳)

8階の献血ルーム

情報を受信する場所でした

 ■ちょうど福岡に移り住んだ年にオープンしたので天神に行くと必ず立ち寄っていました。FM福岡のサテライトスタジオ福岡市情報センター、そして自動車メーカーのショールームがお目当てでした。まさに情報を発信する場所でしたね。(長崎県、タケウマさん、自営業男性52歳)

パーマの最中に大きな揺れ

 ■福岡沖地震の日(2005年3月20日)、行きつけの7階の美容室でパーマをかけていました。今まで経験したことのない揺れを感じ、これが現実なのかどうか、一瞬理解できませんでした。店内のランプも落ちて割れました。店員の方が冷静に対応してくださったので、何とかパニックにはなりませんでした。館内放送が流れ、その指示に従い、非常階段を使って7階から1階へ降りたのを今でも鮮明に覚えています。(福岡市、ねこのぼたんさん、会社員女性47歳)

イムズ屋外の「百草木の径(みち)」からのぞく金色タイルの外壁

お金はないけどオシャレな場所を、と

 ■16、17歳のころ彼女とのデートでよく使っていた。当時専門学校を卒業したばかりで金もなかったが、少しでもオシャレな場所と思いイムズを利用していた。(東京都、すえさん、美容師男性49歳)

天神の異空間、大胆な展示が楽しみでした

 ■私が学生の頃にできたイムズは衝撃的であこがれの場所でした。一歩入るとにおいや空気が他と違う、天神の異空間のようでした。アルティアムでの展覧会で吹き抜けを使った大胆な展示がいつも楽しみでした。天神に行くと必ず立ち寄ったイムズ。このぜいたくな空間がなくなってしまうのがとても残念です。(福岡市、イムズ大好きさん、主婦47歳)

吹き抜けを使ったイムズの巨大なクリスマスデコレーション=1994年11月

妻とデート、娘とデート、忘れられない屋上からの眺め

 ■イムズがオープンしたころは学生で、ビルの中にある自動車のショールームに驚き、よく立ち寄っていました。就職してからは、仲間とビアホールでよく飲んでました。転職して福岡を離れてからは、しばらくご無沙汰していましたが、妻と付き合うようになり、デートの場所になりました。そして、最後は、娘とのデート。屋上庭園で、娘とのんびり景色を眺めたことは忘れられません。これからの天神は、ワクワクと時々は癒やしがある、そんな街になってほしいですね。(福岡県、なかじさん、サラリーマン男性53歳)

イムズ屋上から天神の街を望むイムズマン※許可の下、安全に配慮して撮影しています

◇   ◇

ありがとうございました

 ■小学生のときにできたイムズは、自分とは無関係のただの金ぴかビルでした。高校時代はぶらぶら新車を見たり、ビブレの地下2階から入って吹き抜けを見上げて「しゃれと~」と思ったりしていました。福岡市・天神の西日本新聞会館(博多大丸が入る茶色いビル)で働く記者たちにとっても、すぐそばのイムズはなじみ深い存在です。私が新聞社に入社後、最も世話になったのはレストランのエリア。昼食をとりながら、天神の広い空を眺めるとリフレッシュできました。変わりゆく福岡都心には寂しさと期待が相半ば。これからも街の記憶と記録を少しでも多く残したいと思います。お読みいただき、ありがとうございました。(福岡市、福間慎一、記者44歳)

地下2階では歩みを振り返るパネルが展示されている

連載記事一覧

①イムズの“サプライズム” 無許可のヒーローは「公認」になった

②1棟だけでビッグバン級?の衝撃 イムズの“とがり”生んだ熾烈コンペ

③イムズの象徴、タイルの「黄金伝説」とスパイラルエスカレーター

④金色のイムズで輝いた「緑」 熱帯雨林とフルーツと花が潤したもの

⑤「最後まで、にぎやかに」 ぶれないイムズ、開館から支えた“4姉妹”

⑥東京のあのビルは“弟”だった 物語で生き続けるイムズ、天神の未来は

アンケートに寄せられた「天神の今後に期待すること」をユーザーローカル社の「テキストマイニング」で分析。登場回数が多く、特徴的な単語が大きく表示される

 

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