【「沖縄戦の図」は語る】関根千佳さん

 ◆歴史の実相と向き合え

 沖縄県宜野湾市に、「佐喜眞(さきま)美術館」がある。普天間飛行場に隣接した場所だ。ここには丸木位里(いり)・俊(とし)夫妻の描いた「沖縄戦の図」(連作14部)が展示されている。NHKの「日曜美術館」でも最近紹介されたので、ご覧になった方もおられるだろう。過日、どうしても見たくなり、訪れた。不覚ながら、これまで沖縄戦の実相をほとんど知らなかったが、この絵の前に立ち、資料を読むうちに、少し見えてきた思いがしている。

 「沖縄戦の図」は、位里氏が81歳、俊氏が70歳のときから6年かけて描いた、最後の大作である。最も奥にある絵の圧倒的な迫力の前に、ものが言えなくなる。そしてその背後には、「おじい」や「おばあ」の写真がたくさんある。未(いま)だに残る身体の傷も人生の一部にして、当時を語る温顔に打たれる。

 一人一人の声が聞こえるようだ。丸木夫妻に体験を語り、絵のモデルにもなった方々である。沖縄戦とは、このような「ふつうの人々」が受けた「鉄の暴風」であり、本土防衛のための捨て石とされた結果なのだ。

    ◆   ◆ 

 沖縄では6月23日を慰霊の日としている。これは1945年、旧日本軍の牛島満司令官が自刃し、司令部が壊滅した日とされる。市民を守るべき軍隊が消え、9月7日の降伏文書調印までの間にも、多くの市民が亡くなった。降伏を認めない旧日本軍の意向や皇軍教育によって、多数の兵士や市民が自決の道を選んだ。各地のガマや壕(ごう)で、悲惨な市民の集団自決が起きた。

 親と子が、祖父母と孫が、兄弟姉妹が、友達が、互いに殺し合って死んでいった。小さな剃刀(かみそり)では死にきれず、長く苦しんだ人もいた。死ねずに生き残った方々は、家族や友人を手にかけた記憶に、生涯さいなまれた。沖縄戦の図には丸木氏のこんな言葉が記されている。「集団自決とは、手を下さない虐殺である」

 長崎県出身である私は、何度も長崎や広島の原爆資料館へ行き、戦争の愚かしさや原爆の恐ろしさを見た。シンガポール、ベトナム、韓国、ポーランドなど、各国の戦争資料館へも行き、歴史の重い記憶に向き合ってきたつもりだった。だが沖縄戦についてきちんと歴史を知っているかと問われると、はなはだ心もとない。

 沖縄県資料などによると、亡くなった方は約20万人。半数近くが一般市民で沖縄県民の実に4分の1であったとされ、法的制度もないまま軍に協力して死んだ子どもや老人たちは、名簿がなく正確な数さえ分からないことなど、ほとんど知らなかった。

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 沖縄県史によると、日本の本土に米軍が投下した爆弾は約16万トンとされる一方、沖縄戦だけで爆薬は約20万トンに達し、旧日本軍の地雷も併せ、現在でも不発弾が約1900トンあるとみられる。撤去作業が続けられているが、今後70年以上かかる見通しという。人工知能(AI)やセンサーを駆使し、アフガニスタンなどで展開している日本の地雷除去技術を、沖縄でもっと使うべきではなかろうか。

 ひめゆりの遺品捜索など、戦後40年たってから開始されたものも多いという。長く続いた米国統治の間、さまざまな思いが封印されたままになっていた。そして現在も、国土の0・6%しか土地面積のない沖縄に、70%超の米軍基地が存在している。74%集中していた当時に、遠足でクラス47人の荷物の4分の3を持たされている、という例え話に触れたのを思い出す。

 私たち日本人のすべては、そして世界のすべては、沖縄をもっと知らなければならない。過去に、現在に、心を寄せなければならないと、自戒を込めて痛感している。

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