進まぬ核軍縮~米国からの報告(上) 【希薄】高まらぬ廃絶の機運

西日本新聞

キースさん宅の核シェルター。8畳ほどの広さで手動換気扇やトイレも設置されている=米メリーランド州ベセスダ 拡大

キースさん宅の核シェルター。8畳ほどの広さで手動換気扇やトイレも設置されている=米メリーランド州ベセスダ

 1954年3月、米国は核実験で水爆の実用化に成功、旧ソ連との核軍拡競争を加速させた。あれから60年。「核兵器なき時代」を世界に訴えたオバマ米大統領は2009年にノーベル平和賞を受賞、二大核保有国の米ロは核軍縮に動きだしたが、その歩みは遅い。米国から見た、進まぬ核軍縮の断面を報告する。 (ワシントン山崎健)

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 地下の子ども部屋から、さらに奥につながるドアがあった。入るとすぐにコンクリートの壁。狭い通路を約4メートル歩き、右手のドアを開けると、そこが核シェルターだった。

 「放射線が入り込まないよう、こんな構造にしたそうよ」。現家主の歴史家、キャロライン・キースさん(73)が教えてくれた。

 この家が、ワシントン近郊のメリーランド州ベセスダに建てられたのは1950年。米ソが背後でにらみを利かす朝鮮戦争が勃発した年だ。50年代に入り、米政府はソ連との核戦争に備え公共施設や民家へのシェルター設置を推奨。今もワシントン市内を歩くと時折、公共シェルターの場所を示す古い表示板に出くわす。

 地下鉄ベセスダ駅。エスカレーターの長さは約140メートルだ。首都周辺の地下鉄駅が異常に深いのも、シェルターとしての利用を想定していたものといわれる。

 62年10月、米ソ核戦争の可能性が史上最も高まったキューバ危機を知るキースさんは言う。「シェルターは、あの時代この国が核戦争の恐怖と隣り合わせだったことを今に伝えている」

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 しかし現在、米国で核廃絶を求める機運は希薄だ。

 昨年6月、オバマ米大統領はベルリンで、新たな核削減方針を表明した。ただ直後の世論調査では、米国民の50%が削減に反対(賛成27%)の意思を示した。

 アメリカン大学核問題研究所長のピーター・カズニック教授は「2001年の米中枢同時テロ以降、多くの米国人の行動原理が理性よりも恐怖に支配され、特に若者は他国を抑止するためには核兵器が必要だと考えている」と分析する。

 キースさんは、その若者の思考のベースには、彼らの知識不足があるとみる。

 キースさんは核軍縮問題に取り組んだ故ミラード・タイディングス上院議員の伝記を1991年に出版。原爆投下による広島、長崎の惨状にも詳しい。若い世代と接して感じるのは、キューバ危機や原爆投下について、彼らがほとんど何も知らないのではないかということだという。

 実際、米国の公立高校では近年、近代史の授業時間が削減される傾向が強まっていると指摘されている。

「私たちが直面する核問題について、彼らは歴史から学ぶ機会を失っているのではないか」。キースさんの憂慮は、高まらぬ核廃絶機運の裏側を映し出す。

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 現在、世界中の核兵器の数は推定約1万7千。ロシアが約8500、米国が約7700で、両国で全体の95%を占める。米ロは新戦略兵器削減条約(新START)に基づき、2018年までに双方の配備済み戦略核弾頭を1550まで減らす計画だ。オバマ氏はそれをさらに最大3分の1削減することを提案したのだが、ロシアは消極姿勢だ。

 ウクライナ情勢による米ロ関係の悪化で新たな削減交渉はより困難になった。しかし、米国の主導なしに「核なき世界」の実現はない。抵抗勢力、議会、そして民意をどう動かすのか。オバマ氏に突きつけられた課題は複雑で、重い。


 キューバ危機 1962年10月、米偵察機がキューバにソ連のミサイル基地が建設されているのを確認、米ソの緊張が極度に高まった。米政府は冷戦時代の全米の核シェルター数を把握していないが、65年3月時点で首都に約千あったとの民間調査結果がある。


=2014/03/27付 西日本新聞朝刊=

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