【譲る力】松田美幸さん

◆富の再配分に吹く新風

 巨額の私財を投じた民間人の宇宙飛行成功が続けて報じられた。新たな技術開発とその応用への期待が広がる一方で、富の偏在を象徴する出来事として批判的な声も聞かれる。富の蓄積の背景に、グローバル企業の税負担率の低さや、低水準の従業員待遇などの問題が垣間見えるからだ。

 コロナ禍で、富の偏在による資産格差は拡大している。経済誌のフォーブスや金融機関のクレディスイスは、毎年、世界の富裕層の実態を伝えているが、昨年の状況を分析したいずれの報告でも、富裕層の人数と保有する資産額が記録的に増加した。コロナ対策の利下げ効果が、株式や住宅などの資産保有者に有利に働いたとされる。

 宇宙飛行に成功した一人、アマゾン・ドット・コムの創業者ジェフ・ベゾス氏は、フォーブスが4月に発表した番付で4年連続の首位となり、その資産額は前年対比で1・5倍超と急増した。

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 一方で、資産家による社会への還元のあり方に新風も吹いている。ベゾス氏の元妻マッケンジー・スコット氏は、昨年から番付入りし、2年続けて世界22位の資産家となった。離婚後、精力的に寄付活動を行い、昨年7月以来の寄付総額は、85億ドル(約9300億円)に及ぶとされる。

 スコット氏は、富は人々が力を合わせて生みだしたもので、少数の人々に集中している富は、格差の解消や不平等による壁を克服する活動に使われるべきだと考える。最近、そうした活動に取り組む団体に寄付したことをブログで発信し、メディアの関心が寄付者ではなく、寄付先の活動に向かってほしいと訴えた。

 ブログのタイトルは「Seeding by Ceding(譲ることで種をまく)」。小説家としての言葉の巧みさに加え、格差解消に挑む思いを感じた。「Give(与える)」ではなく「Cede(譲る)」という言葉によって、寄付者と寄付先との間に、新たな関係性が生まれるように見える。

 富の源泉がアマゾン社の株式であることや、寄付先選定が透明ではないなどの批判はあるが、「譲る」という姿勢を貫き、寄付先の活動の自由度を尊重し使途に条件をつけないアプローチは斬新だ。

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 日本でも若い起業家たちが、スタートアップ経営の経験を活(い)かして、未来への種まきに動きだしている。

 メルカリの創業者、山田進太郎氏は財団を立ち上げ、私財30億円超を投入し、誰もが能力を最大限に発揮できる社会実現に挑む。最初の事業は、高校入学時点で理系を目指す女子生徒のための給付型奨学金。将来的には常時千人以上への支給を目指すという。

 数量的インパクトをスピード感をもって出せるのは、応募・選考・支給などを極力オンラインで効率化したり、面接ではなく抽選で支給者を決めたりするなど、既成概念にとらわれないからだろう。

 Sansanの創業者、寺田親弘氏は、自身も資金の一部を投じ、2023年4月、徳島県神山町に私立の高専開校を目指す。技術教育だけでなく、社会変革を生み出す起業家精神を育み、「起業するデザインエンジニア」創出を図るという。

 立ち上げには、スタートアップ経営と同様に、経営チームの人選が肝だ。寺田氏は、起業家人脈を活かし、高専のビジョンの実現に欠かせないと思った人材を口説き続け、起業経験者が揃うチームが生まれたそうだ。

 富の再分配は政府や資産家だけが担うものではない。新しい発想で富の偏在解消に向けた動きが九州にも広がることを期待したい。一人一人が何かを「譲る」ことで、未来に種をまくことができる。

 【略歴】1958年、津市生まれ。三重大教育学部卒、米イリノイ大経営学修士。福岡県男女共同参画センター長、同県福津市副市長など歴任。日本DX(デジタルトランスフォーメーション)推進協アドバイザー。カナダのバンクーバー在住。

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