炭鉱の閉山とともに役目を終えた幸袋線

運炭の残像 筑豊線130周年企画①

 幸袋(こうぶくろ)線は、国鉄が全国約2万キロの路線の中から淘汰(とうた)を進めた赤字路線で最初に廃止された。1969年12月7日に最後の列車が走った。線路跡は今、地域に欠かせない生活道路だ。

 沿線では、日鉄鉱業二瀬鉱業所が63年1月まで操業し、現在の飯塚市と嘉麻市にまたがっていた。旧鎮西村の潤野(うるの)鉱そばで育った郷土史家の梅田一正さん(70)=飯塚市=は「幸袋線はもともと石炭輸送のためにつくられ、生活や移動の足としての存在感は薄かった。炭鉱の閉山とともに役目を終えた」と指摘する。

 筑豊興業鉄道が若松-直方間で走り始めた3年後の1894(明治27)年12月、小竹-幸袋間が開業。99年には幸袋から潤野(のちに二瀬)へ、途中の分岐点から高雄二鉱(旧二瀬町)に近い伊岐須へ延伸。1909年には貨物支線が潤野から中央鉱(旧穂波町)があった枝国へ伸び、さらにその先の小正(おばさ)炭鉱まで線路は達した。...

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