地震国で暮らすなら 宮田英紀

 まげに浴衣姿の力士が珍しくない東京都墨田区の両国界隈(かいわい)。両国国技館から歩いて10分ほどのところに横網町公園がある。都会の緑が心地よいこの場所は、かつて想像を絶する炎に包まれた。

 1923年9月1日午前11時58分、関東大震災が発生。当時、公園とその南側一帯は陸軍の軍服工場「被服廠(ひふくしょう)」が移転した後の広大な空き地で、近隣住民の格好の避難場所となった。大八車に家財道具を積むなどして逃れてきた人々は4万人に達したそうだ。

 お昼時とあって随所で発生した火災は午後4時ごろには被服廠跡に迫り、人々が持ち込んだ家具や荷物に次々燃え移った。炎は竜巻のような火災旋風を生み、避難者を襲ったという。死者数、実に3万8千人。東日本大震災の1・5倍を超す犠牲者が、福岡ペイペイドームほどの場所に集中したことになる。...

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