フィナーレは“金色シャワー” 【イムズ最後の1日ドキュメント】

 1989年4月にオープンし、延べ3億5千万人超が訪れた福岡市・天神の複合商業施設「イムズ」が31日、最後の営業を終えた。九州各地からも多くの人を吸い寄せた福岡都心の「金色のビル」。スタッフも来館客も感染対策に気を使いながら惜別する一方、行き交う人からは再開発で姿を変える商都・天神への思いも聞かれた。(取材・撮影 竹中謙輔、平原奈央子、三笘真理子)

さよならイムズ】

午前9時10分 地下2階の「ミセスエリザベスマフィン」に早くも行列。福岡県那珂川市の佳冨弘恵さん(82)は千葉県浦安市に住む50代の長女にマフィンを買いたいとの思いから並んだ。長女は福岡市の大学に通っていたころ、この店でアルバイトをしていたという。

 「娘は家の近くにもおいしいマフィンやお菓子があるからいいって言ったけど、どうしてもこの店のマフィンを娘に買って送ってあげたくてね。当時楽しく夜遅くまでアルバイトをしていたのよ。夫もバイトに行く娘の送り迎えをよくしていました。娘は今、国際線のキャビンアテンダントをしているの。いまは新型コロナウイルス禍でしょう。コロナで国際線を乗る度に2週間くらい自宅で待機らしいの。大変な時代よね。だからマフィンを送って昔を思い出してほしい。ちょっとでもね、若いころを思い出して喜んでもらいたくって」

イムズレディの佐藤渚さん(左)と原田真梨子さん

午前9時35分 イムズレディの原田真梨子さん(31)と佐藤渚さん(34)が最後の受け付け席に付き、準備を整える。

 原田さんは「この土、日、月とお客さんが多くて、皆さん写真を撮られたり、『ありがとう』って声を掛けてくださって、そこで『ああ閉館するんだなって』実感し始めました。粕屋町出身で学生のころからイムズには来ていました。建物がきれいだし、近未来の雰囲気にわくわくしていました。高校生のときから別のお店で受け付けの仕事をしていました。でも、やっぱり憧れていたのはイムズの受け付けの方でした。すごく丁寧で。いったん社会人になって別の仕事をして2017年に念願のイムズで受け付けの仕事をすることになりました。もう感謝でうれしい日々でした。今日は最終日。この気持ちをお客さんに届けたいです」。

 佐藤さんは「イムズの何が好きって、この館内の雰囲気ですね。今日は皆さんに笑顔を届けます」。

開店前、しみじみと店内を見渡す男性スタッフ

午前9時45分 ジャケット姿の古場治館長。落ち着いた表情。イムズレディが座る受け付け席から館内放送。

 「おはようございます。古場です。いよいよ今日がイムズの最終営業日となります。ここしばらくは、本当にたくさんのお客さんが来場してくださいまして、皆さん大変忙しい日々を送ってこられたと思います。今日が最後ですので、事故だけはないように、気を付けていただくとともに、最後のイムズをお客さまと一緒に存分に楽しんでいただくようによろしくお願いします。それでは今日も一日よろしくお願いします。頑張りましょう」。館内のスタッフが拍手で応える。

午前9時46分 古場館長の後に続けてイムズレディの原田さんがアナウンス。「最終日。お客様にとっても、私たちにとってもすてきな一日にしましょう」。再び館内で拍手。

午前9時50分 正面入り口には地下から続く行列が見られた

午前9時50分 大森和香代副館長が地下1階のフルーツパーラー「TOKIO」のモモをスタッフに配る。館内をせわしなく歩き回る。受け付け席にもモモ4個を差し入れ。「今日一日よろしくね。これ、トキオのモモ。食べてね」

イムズブーケを作るスタッフたち

午前9時55分 イムズ入り口の「日比谷花壇 天神イムズ店」のスタッフが花束を作る。「イムズブーケ」(1200円)。ロゴマークの色に合わせて花を選ぶ。青はリンドウ、緑はユーカリ、黄色はヒマワリ。「今日はスペシャルなイムズブーケを心を込めて作っています。たくさんの人にお買い上げいただきたい」

午前10時 開館。警備員がドアを開ける。元気にあいさつ「どうぞいらっしゃいませ!」。お客さんたちが距離を取りながら入店。

 長男(5)と一緒に訪れた福岡市東区の女性(35)は「10代、20代の若い頃によくイムズに来ました。友達とランチしたり、買い物したり、待ち合わせ場所に使ったり。彼氏? 彼氏とは来なかったかな。今日は天神に来る予定があったので、イムズに来ようって朝から並びました。今日は息子の洋服を買おうかな。私も母親になって大人になったなあと感じます」

午前11時10分 各店ではセール価格が準備されていた。ミセスエリザベスマフィンでは、マスク姿のお客さんたちが距離を取りながら行列をつくっていた。

午前11時半 地下1階にあるフランス雑貨店「オクタホテル」。イムズ開店から32年間ずっと営業してきた。加藤玲沙店長(29)は「親子3世代で来てくれるお客さんもいらっしゃった。私もアルバイト時代から10年勤めています。閉店前の1週間でたくさんのお客様、常連さんが来てくれました」。今後は福岡市内で再開する予定という。

フランスから直接買い付けし、多くのファンを集めた地下1階の雑貨店オクタホテル(左が加藤店長)

午前11時40分  地下2階には、来場者がメッセージを書いて貼るスペースがある。福岡市南区の女性(64)は「たくさんの想い出をありがとうごさいました」と書き込みながら、約15年前に亡くなった母を思い出した。

 「母はちょっと出かけてくるといって、1ヶ月くらい海外に絵を書きにいくような破天荒な人。あとハイカラな人でした。そんな母はイムズが大好きでした。吹き抜けのおしゃれな建物が母の感性に合っていたんでしょうね。しょっちゅう、2週間に一回くらい、天神に来たときは絶対イムズに行ってましたね。年を取って車イスになっても私や姉妹が母の車イスを押してイムズに来たもん。レストランフロアで、今はないしゃぶしゃぶを食べていました。ちょっとあんまり聞かないで。涙が出そう」

午後0時10分  12階のレストラン「KIRIN SOW-SOW」。ランチタイムもマスク姿のお客さんでにぎわった。メニューのカレーランチは午前11時の開店から1時間後に売り切れた。店長の納富泰祐さん(45)は「やっぱり名残惜しいですね。コロナ禍で最終日を迎えるなんて。でも、今日は開店から馴染みのお客さんがいっぱい来てくれています。『また会いましょう』という気持ちで接客させていただいております」と笑顔で話す。

 会計が終わった後に、スタッフとお客さんが一緒に記念撮影をする場面も目立った。 常連客の福岡市東区の女性(73)は「毎週火曜に外国人に日本語を教えるボランティアをした後にこのお店でランチをするのがルーティンでした。イムズでも一時その教室があって、ここで日本語を教えるボランティアをして、みんなでわいわいランチをしていました。今はコロナでボランティアはできていないけど、毎週火曜にここに来るルーティンは変えていませんでした。ここのお店の良さですか? サービスですよ。サーブ。おもてなしです。お友だちがアレルギーでお水に入っているレモンがダメでした。そしたら、次からレモン抜きのお水を出してくれましてね。そういうところ。コロナでも、客席のスペースを広くとってくれて、このお店の心づかいのおかげで安心して来ることができました。最後の料理はパスタランチです。トマトソースがすっごいおいしかった。本当にすてきなおもてなしをありがとうございました」 

接客する納富店長

午後0時15分 5階の「島村楽器」。週1回、必ず来ていた常連の豊福祥伸さん(65)=宮若市=は「スタッフがずいぶん良くしてくれました。楽器も買ったし、メンテナンスもしてもらったなあ。落ち着ける場所だった。お世話になったからあいさつをしに来ました」 と振り返った。

 店員の坂田龍吉さん(33)は「以前は熊本パルコ店にいましたが閉店でイムズ店に移ってきました。そしてイムズも閉店です」

島村楽器店員の坂田さん(写真左)と常連の豊福さん

午後0時半 館内のBGMに海援隊の「贈る言葉」が流れる。その後、クラムボンの「波よせて」がかかる。

 海援隊のボーカルの武田鉄矢やクラムボンの原田郁子は福岡出身。地元出身の音楽家の曲がランチどきの癒しのときを演出する。

午後0時50分 6階のイムズアーカイブギャラリー。創業時からのフリーペーパーを展示する特設ギャラリーで、女性4人組が「イムズの歌」を合唱した。それぞれが持つイムズへの思いを歌に込めた。

 大野祐子さん(62)は開店時に3階で200坪のフロアがあった人材派遣会社アソウ・テンポラリーセンターに勤めていた。「新しい雇用形態を推進し、働く女性を支援する福岡で画期的な場所で、働き方改革の発信基地にもなりました。あの頃は東京に行かずともイムズに行けば新しいものが全てありました」

 亀山みゆきさん(63)は音楽家として、イムズホールでたくさんのイベントに出演した。「夫との初デートもイムズ。恥ずかしがり屋の彼との初めての2ショットでした。夫は13年前に亡くなり、切ない気持ちがこみ上げます。イムズの閉店は実家がなくなるような気持ちです」

 「大学2年のときにオープンして、すごい場所ができたなと思いました」と振り返るのは鬼木悦子さん(51)。「デートもしたし、思い出深い場所。イムズは福岡の誇りだったと思います」。

 里居由美さん(52)は「イムズにあったケーキの名店『マヌカンピス』でアルバイトをしていました。とてもおしゃれなところでした。

「イムズは私たちの青春だった」と語る4人組

午後1時半 古場治館長がメディアの囲み取材に答え、あらためて最後の日を語る。首からぶらさげているスタッフ証には「32年間ありがとうございました おしまイズム THE LAST SHOW」と書かれていた。

  「緊急事態宣言下での閉館となりました。お客さまをお迎えできるか本当に不安でした。今日、なんとかお迎えすることができ、まずはほっとしております」

 「福岡・天神はお買い物の街というイメージが強い。イムズはお買い物に加えてアートを見たり、お芝居を見たり、音楽を聴いたり、都市文化を楽しむ体験をしていただく場所だったと思います。情報発信基地として、『価値あるひまつぶし空間』というサブコンセプトもありました。開館は32年前の平成が始まる時代。いま客観的にみても非常に先進的なコンセプトだっと思います」

 「皆さまに支持をいただいたイムズは終わりますが、天神の街が移り変わるなかで、イムズの後の次のビルも楽しみにしていただけたら。イムズがお客さまや街全体と交流してきた32年間の〝イズム〟が今後もつながっていけばうれしいです」 

午後2時50分 「KIRIN SOW-SOW」で取材を受けてくれた女性が注文したパスタランチ。記者も食べてみた。さっぱりしたトマト味が夏にぴったりだった。

午後3時 吹き抜け空間は最後までまばゆく

午後3時10分 地下一階のスパイラルエスカレーター。福岡市の70代女性は「イムズができたときから来ています。この斜めのエスカレーターは全国でも珍しいんですよね。これもなくなるんですかね…」。スマホで名残惜しそうに写真を収めていた。

午後3時20分 福岡市のマッサージ師、中村徳孝さん(50)は開館当初にアルバイトをしていた12階のレストランフロアに向かっていた。イムズは「愛憎入り混じる施設」だそうだ。

 「多国籍料理店のアルバイトがめちゃくちゃ忙しくてきつかったんですよ。12階で働いて、休憩室は地下1階。ビルの上から下に行くのが本当にしんどくて。しかもまだ日本に海外の料理がなじみのない時代。『ペペロンチーノ』を正式名称の『アーリオ・オリオ・ペペロンチーノ』ってお客さんに伝えないといけなかった。スタッフもお客さんもよく分かっていなかったなと思います。まあ、それだけ、イムズは食でも先進的だったんです」と話す。

 バイトは一年ほどでやめた。しかし、その後はお客さんとして何度も訪れたという。「車の展示や、プールのあるスポーツクラブもありました。こんな施設ほかにないですよね。お客さんとしては本当に楽しかった」 

 最終日。中村さんは12階のレストラン街に足を運び、スマホで写真を収めて青春時代の日々に決着をつけていた。

かつてのアルバイト先を写真に収める中村徳孝さん

午後3時25分 歌手のKANとフミヤさんがイムズでラジオ出演中。館内のモニターにフミヤさんのトークが映り、足を止めるお客さんも。

モニターに映るトークの様子

午後3時半 見学者が絶え間なく続くアートギャラリー「三菱地所アルティアム」。

 安田由佳子店長(31) は「最近はコロナで客足が抑えられていましたが、今日はたくさんの方に来ていただき、愛された場所だということを実感しています。スタッフに声をかけてくださるお客様も多く、天神のアートの貴重な場だったとおっしゃっていただいています。私自身、学生時代にアルバイトでアルティアムで働き始めました。作家とお客様が近いギャラリーでした。現代アートだけでなく、料理やファッション、歴史なども回顧してもらえる多彩な企画を続けてきました。最後の展示も写真や詩、インスタレーション(設置美術)と多様な内容で、アルティアムを象徴する展覧会になりました」

午後4時5分 6階の隠れ家的カフェ「Koyama Cofee」。店内の9席は埋まり続け、マスターの小山貴史さん(48)はひとり息を切らせてコーヒーをいれ続ける。 「今日だけでなくここ1ヶ月忙しかったです。9年2カ月やってきて、その積み重ねがこうして形になって現れているんじゃないかな。たくさんのお客様に会えて、楽しく仕事できてあっという間でした」

 今後はまず、年内は福岡市で休業中のバーを使って仮店舗営業。来年には、別のバーと店舗をシェアしていく形で再オープンを予定している。常連たちは会計を済ませると「ありがとう、またよろしくね」と声を掛けていた。

午後4時10分  イムズの閉館は大規模再開発事業「天神ビッグバン」の大きな節目でもある。

 最高気温が32度を超えた福岡市。天神で働く会社員女性(49)=福岡市南区=は日傘をさし、汗をぬぐいながら明治通り沿いを歩いていた。傍らに工事中の福岡ビル跡地が見える。

 夫から「今日でイムズが閉館だよ」とLINEが届き、仕事終わりにイムズに向かっているところだった。「閉館はもったいないですよね。金色の建物がまだきれいじゃないですか。開館当初からイムズに行ってました。夫と出会ったのもイムズの居酒屋。やっぱりさみしい」と話す。

 天神ビッグバンには期待と不安が入り交じる。「私たちの世代の感覚だと天神は九州の若者が買い物に集まる街。オフィスビルばっかりにならないか少し心配。今はネット社会で、若い子たちは買い物できる場所は街に必要ないのかな。いやいや、そんなことはないと思います。うちの高校3年の長女はパルコやソラリアでお買い物をするのが好きですよ。天神の街はこれからもっともっと発展してほしい。若い子が喜ぶ活気のある街にしてほしいですね」

午後4時40分 イムズ閉館を惜しむ声は天神・新天町商店街からも聞こえてきた。

 「ギャラリー風」では、地元アーティストの個展が開かれていた。代表の武田義明さん(71)は「アップルの初期のマックはイムズが早くから販売していた。アドビの画像作成ソフト、イラストレーターの販売もイムズが早かった。若い子はあんまり知らないでしょう。ITデザインの世界でもイムズは貢献してるんです」と話す。 ギャラリーで個展を開いていた黄禧晶(ファン・ヒ・ジョン)さん(51)=九州産業大造形短期大学の教授=は、2002年から日本で生活し、芸術活動を続けている。「イムズの個展はほかの福岡の美術館ではしない企画が多かった。すごく刺激を受けました」と懐かしんだ。

午後5時 初代イムズレディの小林みかさん(54) =福岡市南区=がオープニング時に座った1階インフォメーションを訪れた。

 「開館の日、すごく緊張していたのを思い出します。3年間担当しました。社会人として初めての職場で22歳でした。最先端のビルで、オープン当時は隙間がないくらいお客様で埋め尽くされていました」。脳裏に浮かぶのは32年前のにぎわいだ。

 「天神ビッグバン。これからいろんな商業施設がタッグを組んでワクワクする素敵な街になるよう願っています」と思いをはせながら、「イムズは私の帰る場所。いつも温かく迎えてくれた場所がなくなるのは寂しいけど、ありがとうという気持ちでいっぱいです。最後は泣いちゃうかも」。

 閉館まであと3時間。歴代イムズレディたちが次々と集まり華やかな雰囲気に。2代目イムズレディの長谷川繭子さん(50)は「私は高校を卒業してすぐイムズレディになりました。全てが初めてで、礼儀も全てここで教えてもらいました」と懐かしんだ。

歴代イムズレディが集結。(左から)小林みかさん、長谷川繭子さん、小塚映子さん

午後5時20分 天神の福岡パルコから出てきた女性会社員(35)は「天神コア、ビブレ、そしてイムズ。若い人向けの買い物スポットがまたなくなりますね」と寂しそう。4年ほど前にイムズの洋服店の販売員をした経験があり「イムズはちょっと大人なおしゃれのイメージかな。新しい施設は、ふらっと立ち寄る場所になってほしいです」と願う。一緒に買い物に来た女性会社員(26)は「若い子の間でブームになるような服や食を売ってほしい」と期待した。

午後6時20分 密にならないように注意を!

午後6時半 おしまイムズ始まる。

 司会は中島浩二さん。「やあ、ついにね、この日がやって来ちゃいました。その最後の最後がこの閉館セレモニーラストショーです。こういうご時世なので抽選で200名の方に会場にお越しいただきました。今日は配信もしております」

 大塚ムネトさんのイムズマン登場。「ギンギラ太陽’sで最初につくったのがこのイムズマンでした」

 「無許可でやったのに、えらーい上の方が許してくれました。おかげさまで地元天神の物語を25年作っています。一番最初に許してくれたイムズに感謝しています」

午後6時40分 「あと20分で終わりよ」。地下街入り口に集まる人たち、写真を撮る人たち。

午後6時50分 ギンギラの天神のビルたちが集合。イムズマンに感謝の言葉とエールを送る。

 ビルたちからイムズマンへ「ちかっぱさみしいやん。復活待っとうけん」「イムズさんなき後も、天神を一枚岩で盛り上げんばさあ」

 We love 天神!

 地下2階をはじめ、吹き抜け各階に人が集まり、閉館イベントを中継する大画面に見入る。We love 天神!の掛け声に拍手が起きる。

午後7時 スターダストレビューをはじめ、ゆかりの人たちのメッセージ動画を上映。

 博多華丸・大吉「イムズホールでの第1回お笑い明太子が僕らの初舞台でした」 

午後7時半 古場館長のあいさつ

 いよいよ本日でイムズ閉館です。2019年1月に閉館を発表、いろいろな方にご来館いただき、あたたかい言葉をいただきました。明日からイムズがなくなる現実を、半分受け入れられません。イムズというビルの特徴、大学時代に見た「日常美術館」というキャッチコピーを思い出します。(途中涙で声が詰まる)良き日常、皆様の毎日の暮らしをすてきに生きること、それそのものが美しいアートであって、イムズはそれをお手伝いすることに気付きました。半歩先を行くカルチャー発信を展開してきたイムズですが、お客様ひとりひとりのかけがえない日常に寄り添い、そっと背中を押すのがイムズの真骨頂で、イムズのイズムでした。新しく生まれ変わる福岡の街にそのイムズのイズムが優しく降り積もっていくことを願っています。

さよなら、イムズ。館長の挨拶が終わった瞬間、地下2階の大画面前では金色の紙片が吹き抜けに舞い、大きな拍手が巻き起こった。

午後7時半すぎ

金色のテープが打ち上げられ幕を閉じた閉館セレモニー

19時57分 イムズ前では名残を惜しみ、写真を撮る人たちが集まった

 

午後8時すぎ 

玄関前で写真を撮る人たち

星崎ふじみさん(61)「ビルが変わってもずっとこの色、金色の存在であってほしい。この後も天神に光り輝く施設ができることを望みます」

久保山大輔さん(46)「いろんな思い出をつくってくれた。今後も普通のビルになってほしくない。ただモノを売るだけでなく、形のない魅力に引かれ続けたい」

高橋福人さん(28)「跡地は天神を象徴する高いビル、景色を見渡せるビルにしてもらいたい」

浜崎光二さん(50)「東京みたいなビルではなく九州らしい魅力に溢れたビルにしてほしい」

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