原爆症認定、司法と隔たり 平行線の定期協議、国は基準見直し消極的

 原爆投下から76年が過ぎた今も、被爆者施策の根幹となる原爆症の認定を巡る問題は解決の糸口が見えない状態が続いている。国の基準で認定対象外となった被爆者が処分取り消しを求めた裁判で勝訴が相次ぐ現状を踏まえ、被爆者団体は国に基準の見直しを迫る。これに対し、国は「科学的知見」を盾に見直しに後ろ向きだ。司法と行政の判断の隔たりが埋まらないまま、11年前に始まった定期協議も平行線をたどり、被爆者の焦りは募る。 (山下真)

 「高齢化が進む被爆者に寄り添い、総合的な援護施策を推進する」

 8月9日、長崎市で営まれた長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に出席した菅義偉首相はこう述べた。原爆症の認定について「できる限り迅速な審査を行うように努める」としたが、被爆者団体が求める原爆症の認定基準の大幅緩和や、制度の抜本的な見直しに関する言及はなかった。

 「被爆者の要望に応えようという意欲は感じられない」。日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の木戸季市事務局長(81)は冷ややかに振り返った。

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 原爆症の認定基準はこれまで、裁判で国が敗訴を重ね、改定を迫られてきた経緯がある。

 厚生労働省は2001年、放射線の影響で特定の病気になる確率を数値化した「原因確率」による基準を導入した。だが、この基準で申請を却下された被爆者が起こした集団訴訟で、国の敗訴が相次いだ。

 厚労省は08年、原因確率による基準を見直し、爆心地からの距離など一定の条件を満たせば、がんや白血病を積極認定する新基準を導入。翌09年には、放射線が原因と認められる慢性肝炎や甲状腺機能低下症も対象に加えた。

 ところが、新基準でも申請を却下された被爆者が裁判で認定されるケースが発生。09年夏、当時の麻生太郎首相と訴訟を主導する被団協が「今後、訴訟の場で争う必要のないよう、定期協議の場を通じて解決を図る」とする確認書を交わし、集団訴訟の終結を取り決めた。

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 今年6月末、厚労省で1年半ぶりに開かれた定期協議。被団協の田中熙巳代表委員(89)は「一人一人の原爆被害に応える行政を実現してほしい」と訴えた。戦禍の記憶が遠ざかる中、認知症が進み、申請の手続きが難しくなる人もいる。被団協は、過去の判例を踏まえた認定基準の大幅緩和などを求める要求書を提出した。

 田村憲久厚労相は「思いを受け止め、何とか解決策がないか議論する」と応じた。ただ、基準の見直しは「科学的知見が必要」と繰り返し、協議は目立った進展のないまま終了した。

 定期協議は1~2年に1度のペースで開かれ、これで9回目。厚労省は13年に基準の一部を緩和したものの、被爆者側が求める内容には及ばず、集団訴訟の終結後も各地で認定対象外となった被爆者による訴訟が続く。原告団事務局の集計では、被爆者側の勝訴率は8割近くに上っている。

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 「裁判は個別事案を何年もかけて検討するが、行政の審査は短期間で多くの事案に対応しなければならない。客観性や公平性を保つため、判断は科学的知見を重視する必要がある」

 厚労省の担当者は、司法と行政の判断の隔たりをこう説明する。行政審査は、申請を受けておおむね半年以内に判断することになっており、司法判断と比べると確認作業に限界があるという。

 09年の確認書で解決に向かうかに見えた基準見直しを巡る闘争は、長期化している。被爆者の平均年齢は84歳に迫る。「放射線被害や世間の偏見に耐えてきた被爆者に残された時間はわずか。生きている間に願いを実現してほしい」。被爆者の訴えが重く響く。

定期協議 既に形骸化

 被爆者援護に詳しい広島大の田村和之名誉教授(行政法)の話 認定申請の却下取り消しを求める被爆者の勝訴率は、行政訴訟として異例の高さにある。国は個別の司法判断と開き直らず、基準を見直すべきだ。定期協議は既に形骸化し、被爆者は司法に救済を求めざるを得ない状況が続くが、高齢で負担も大きい。この状況を見透かし、国は時間の経過を待っているように見える。

 原爆症認定制度 国が被爆者援護法に基づき、被爆者健康手帳を持つ被爆者のがんや白血病など特定の疾病について「放射線が原因で、現在も治療が必要」と判断した場合に「原爆症」と認定する制度。認定されれば、月額約14万円の医療特別手当が支給される。被爆者が医師の意見書など必要書類を集めて申請し、厚生労働省の専門家会議が認定の可否を審査する。放射線の影響による健康被害か、加齢や生活習慣が原因かの判断が難しいケースもあり、審査には一定の基準が設けられている。特別手当の受給者数は6978人(2021年3月末時点)に上る。

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