「はいっ」と兵士に渡された遺骨は本当に祖父だったのか

被爆の記憶 福岡市原爆被害者の会⑤

島野道次さん(90)=福岡市東区箱崎

 上空を鉛筆ぐらいに見えるB29が行き来するだけで広島には空襲がない日々が続いていた。「戦争なのに、人ごとのように感じていました」。広島市舟入本町の自宅で書店を経営する両親と祖父、小1の妹との5人家族。国民学校高等科在学中に学徒動員され、家から歩いていけるゴム工場で潜水艦部品を製造していた。両親は「もう危ないから」と、妹を連れて疎開の打ち合わせに外出中。家には祖父が1人でいた。

 朝礼後、工場に入ると、電気がスパークしたような光と同時にドーンという音。気づくと屋根の下敷きになっていた。はい出して、隣の畑へ。仲間と無言で顔を見合わせた。「空襲じゃなかろうか」。最寄りの軍施設に避難することになったが、祖父が気がかりな私は、1人自宅に向かった。...

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