【PR】誰もが豊かさを実感できる糸島 「産・学・金・官」で実現へ

西日本シティ銀行糸島支店 オープン記念対談

 豊かな自然があり、福岡市中心部への交通の便も良く、質の高い暮らしを満喫できる福岡県糸島市は、英国発の国際情報誌が「輝く小さな街ランキング」で世界3位に選出するなど、今や日本のみならず、世界から注目される地域だ。西日本シティ銀行は9月13日、糸島市にある前原支店を新築移転オープンし、名称も糸島支店に変更する。将来にわたって豊かさを実感できる糸島の実現へ、市はどんな青写真を描き、西シ銀は糸島支店を拠点にどのような役割を果たしていくのか。糸島市の月形祐二市長と西日本シティ銀行の村上英之頭取が、市内にあるグローカルホテル糸島で語り合った。(司会は西日本新聞社社長・柴田建哉、文中敬称略、編集・西日本新聞メディアビジネス局)

夫婦岩を左手に見ながら、海岸沿いを進む

ブランド糸島の確立へ

 柴田 糸島市は2010年、前原市、志摩町、二丈町の1市2町が合併し誕生しました。

 月形 私は常々、糸島地域がまるごとブランドになるよう「糸島ブランド」ではなくて「ブランド糸島」を確立したいと言ってきました。糸島は福岡市中心部にこれだけ近いのに、美しい海と山があり、移住・定住先として評価されていることに意味があると考えています。人口は16年から増加に転じ、もうすぐ10万3千人です。

 村上 私は糸島市内のゴルフ場で時折プレーしますが、どのコースも美しい海や山を借景にしていて、最高の気分になれます。産品にはブランド力があり、若者に人気のスポットも多い。近年は陶芸や木工などの若手作家が数多く拠点を構えていて注目しています。

「ヒューマンタッチを強みに地域と歩む」西日本シティ銀行 頭取・村上 英之氏

 柴田 私も両親とも糸島出身なので実感するのですが、糸島が他の都市に絶対負けないものが二つあります。一つは天から授かった自然。糸島の夕日は日本一です。もう一つは魏志倭人伝に伊都国と記された頃から続く歴史です。そこに知の拠点の九大が移転してきたのですから、他にない魅力にあふれています。

 月形 私たちには先祖から受け継いだこの土地を、次の世代に引き継ぐ責任があります。糸島はビルやマンションが林立するミニ大都会にすべきではないと考えています。21年度から10年間を見据えた市の第2次長期総合計画では、将来人口の目標を若干増にとどめ、10万4千人と設定しました。経済性ばかりを追求せず、自然環境が維持され、行政サービスが行き届き、質の高い暮らしを送れるにはおのずと「適正人口」があると思います。住民が誇りを持ち、強いコミュニティーが根付き、高齢者も外国人も子どもも障害者も皆で助け合える地域を目指していきたい。住民が素晴らしいと実感をもてる地域にしていきたいです。

菜の花と桜が美しい糸島市二丈の「加茂ゆらりんこ橋」周辺(糸島市提供)

 柴田 村上頭取、そんな糸島で支店を新築移転する狙いをお聞かせください。

 村上 経営陣で2018年から議論を重ねてきました。歴史をさかのぼると、当行の前身の会社が1934(昭和9)年、出張所の形で、糸島で銀行業を立ち上げています。1988年には旧前原町(現糸島市)の指定金融機関となり、以来、行政機関とも緊密な関係を築いてきました。今では住宅ローン残高、年金・給与振り込み口数いずれも当行の全175店のうちトップ10に入る重要拠点です。支店について当行は地域目線、お客さま目線で捉え、地域の特性に合わせた店舗に衣替えしていく方針です。その中で行政に明確なコンセプトがあり、これから理想とされるサステナブル(持続可能)な地域づくりのためのコンテンツがぎっしり詰まっている糸島で、まず新しい支店像を描こうと決めました。

 柴田 どんな特色のある支店になるのでしょうか。

 村上 外観は旧宿場町の町並みにマッチした伝統的町家風にしました。総面積は旧店舗より15%程度縮小しましたが、デジタル化の進展などによりバックヤードが狭くて済み、お客さまに使っていただくスペースは30%広がります。入り口横にギャラリーを設け、移住者への子育て情報など地域情報を発信できればと考えています。糸島には個人的にも思い入れがあります。今の外見からは想像もつかないでしょうが、実は私、サーファーだったんです。九大生の頃、糸島半島の芥屋や大原などでサーフィンをして、くたくたになって福岡市内に戻る時の夕日や海の美しさ。当時からもっと自然を生かせないかと思っていたので、月形市長の自然を生かした地域づくりには心から賛同いたします。

コロナ禍を越えていく

 柴田 コロナ禍はどんな影響がありますか。

 村上 初期の段階で何よりも重視したのは緊急資金繰り融資をいかに速やかに実施するかでした。これまでに約2万1500件、約7150億円を融資しました(21年8月末)。間違いなく地方銀行ではトップクラスです。当行が歴史的に中小企業との間で築いてきた緊密な関係を再確認することができました。職員のモチベーションも高く、お客さまのために土日も返上して対応してくれたことは、職員を束ねる私自身の自信となりました。これからはウイズコロナの時代にどんなビジネスを展開していくのか、おのおのの企業の伴走者として金融機関の役割を果たしていくつもりです。

 月形 旧前原市時代の市庁舎に合併後、1市2町の職員を詰め込み、いかに密な状態だったかと気づかされました。ただ、「ブランド糸島」における観光は、大勢のインバウンド(訪日外国人客)狙いではなく、近隣を含めた都市の個人客をターゲットに質の高いサービスを提供してきましたので、そこまで需要が落ち込んでいません。私たちは間違っていなかったと思います。またコロナ禍はワーケーションやリモートワークを進展させ、暮らしやすい地方の可能性を広げた側面もありますね。

糸島市長・月形祐二氏 1958年生まれ、西南学院大法学部卒。歯科医療商社社員、衆院議員秘書、福岡県議を経て2014年、糸島市長に当選。現在2期目。

多様な人々、文化と共生

 柴田 18年秋に全面移転が完了した九州大伊都キャンパスのインパクトは。

 月形 大きいですね。高齢社会にあって若者が入れ替わっていく大学は、年を取らないんです。学生・教職員の移住定住で糸島は様変わりしました。シャッター通りになっていた商店街に学生たちが新しい発想で拠点を設けてくれたり、市内の小学校の土曜授業で九大生が自分の研究テーマを伝える「九大寺子屋」を実施したりしてもらっています。外国人研究者や留学生が増え、市内に約1300人の外国人が住んでいます。実に市民の100人に1人が外国人です。多様な人々、文化が共生することで活力が生まれます。外国人にも住みやすい街にするため、糸島市は九大や西日本シティ銀行などと協定を締結し、国際村構想を進めています。留学生寮が建設され、今私たちがいる「グローカルホテル糸島」が今夏、オープンしました。九大の国内外のゲストをもてなすため、九大に近接しています。

グローカルホテル糸島

 村上 九大キャンパスの移転構想が持ち上がった時、OBとしては「わざわざあんな遠くに移転しなくても」というのが率直な受け止めでしたが、今となっては移転を決められた方々の先見の明を感じます。百年の大計であったな、と思います。これからは九大の知的財産を生かした取り組みも進んでいくでしょう。国際村構想に限らず、当行も九大とは大変親密な関係を築いており、成果が出てきているのは九大発のベンチャー支援です。当行の大学発ベンチャーに出資するQBファンドの第1号の組成は2015年でしたが、既に30を超える企業・プロジェクトに投資しています。大学発に限らず、創業支援では年間1400億~1500億円の融資実績があり、当行の大きな強みです。

 月形 私どもも国際村構想と併せて九大の研究シーズ(技術やノウハウ)を実用化していく「サイエンス・ヴィレッジ」の実現に向けて取り組んでいます。銀行にあるベンチャーを応援するノウハウと組み合わさり、糸島発の発想がいろいろ実用化できればいいと思います。

 村上 知的産業であれば、環境を維持しながら集積できます。

 柴田 これからの時代に求められるサステナブルな地域づくりを推進する糸島の可能性を、九大が広げているのですね。

西日本新聞社社長・柴田建哉  1959年生まれ、北海道大経済学部卒。84年西日本新聞社入社。バンコク支局長、営業本部長などを経て2016年6月から現職。

地域の持続可能性追求

 柴田 西日本シティ銀行糸島支店に、糸島市はどんなことを期待しますか。

 月形 西シ銀には国際村構想でも大変ご協力いただいています。留学生寮、グローカルホテル糸島と形にできたのも、西シ銀のファイナンスのノウハウに負うところが大きかったと思います。まちづくりの事業化には「産・学・官」だけではなくて「金(金融)」も不可欠です。いかに資金を調達・活用しマネジメントしていくか、そのノウハウにたけているのは、やはり金融機関です。糸島支店を核に連携が強化できれば、と思います。

 柴田 「産・学・金・官」連携ですか。

 月形 そうです。

 村上 そこで提案なのですが、糸島市と西日本シティ銀行との間で包括的な連携協定の締結をお願いできないでしょうか。創業支援、移住・定住、デジタル化、持続可能な開発目標(SDGs)の取り組みなど、さまざまな分野で私たちのノウハウをいくらかでも生かしていただけたら、と思います。

 月形 サイエンス・ヴィレッジの具体化に金融は欠かせません。私たちとしても西日本シティ銀行の力をぜひ、お借りしたいと思います。

 村上 地方銀行の私たちの存在価値、存在意義が何かと言えば、やっぱり地域と共に、地域の持続可能性を一緒に追求することに尽きると思います。メガバンクとの違いはそこにあります。金融機関でもDX(デジタルトランスフォーメーション)が加速していますし、当行としてもデジタル分野は少なくとも業界トップレベルでありたいと思っています。しかし、当行の最大の強みは「ヒューマンタッチ」です。親しみやすさ、面倒見のよさ、困ったお客さまに寄り添い、支える。長くお付き合いをして厳しい時にこそ、支えることが私たちの使命です。糸島で学んだまち・ひと・しごと創生の知見を他の地域にも展開し、各地域と一緒になって活動していく銀行になりたいと思います。

(左から)村上氏、月形氏、柴田※コロナ感染防止のため、撮影時のみマスクを外しました

読書が好きな愛妻家 西日本シティ銀行 頭取 村上 英之(むらかみ・ひでゆき)氏

 「地域や当行のこと、また多くの職員をよく知っていることが自分の財産です」

 頭取秘書や人事部長、総合企画部長など要職を歴任し、6月、西日本シティ銀行で初めてとなる生え抜きの頭取として就任した。「互いをよく知り、ディスカッションしやすい強みを生かしていきたい」と気さくに語る。

 1961年、大分県日田市生まれ。水力発電の技術者だった父親の仕事で転校を経験し、通った小学校がダムの底に沈んだこともあった。両親からは勉強しろとはほとんど言われず、山や川を遊び回った。ただ、2歳上の姉の影響で読書が好きになり、誕生日やクリスマスのプレゼントはいつも本だった。「今も原田マハやカズオ・イシグロは新作が出れば必ず読む」

 九州大学経済学部に進学し、福岡で青春を謳歌(おうか)した。親不孝通りの店で仲間と語り合い、大学2年次にはサーファーデビューし、福岡県糸島市の海に通った。九大を卒業して1983年、西シ銀の前身の西日本相互銀行に入行した後も「早朝波に乗り、そのまま出勤することもあった」と明かす。

20代後半の頃に米シカゴに研修派遣され、専門の講師(右)から金融理論を学んだ=1988年

 銀行員としての駆け出しは国際金融業務に携わり、「金融理論の原則をしっかり学んだ」と話す。頭取秘書だった2004年、合併により現在の西日本シティ銀行が発足。文化の異なる職員の融和や不良債権の処理など、難題に臨む経営トップを間近で支えた。08年には人事部長兼人材開発室長となり、「(さまざまなキャリアの)職員一人一人としっかり向き合ってきた」との自負がある。

 妻は日田高校の同級生。理髪とゴルフの時間以外、ほとんど一緒にいる。夫婦円満の秘訣(ひけつ)を聞くと、「うーん…。ディスカッションはしないことかな」と笑った。

糸島は世界3位の輝く小さな街

 英国発の国際情報誌「MONOCLE(モノクル)」が人口25万人未満の街を対象とする「輝く小さな街」2021年ランキングで、福岡県糸島市を世界3位に選んだ。トップはポルトガルのポルトで2位はベルギーのルーベン。国内では青森市が16位だった。

 同誌のランキングでは「世界の住みやすい都市」として16年に福岡市が7位になった。

 

テレビ西日本「糸島、住んでみる?」 10月16日(土)13:00〜14:00 糸島を食・景色・住まい等5つの側面で徹底調査。見たら糸島に行きたくなる番組です。

 

 

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