名前を忘れられても

 大正生まれの祖母が昨年、施設に入った。先日、久しぶりにオンラインで面会したところ、私の名前が思い出せず口ごもった。記憶の衰えは頭で理解しつつも、胸がきゅっと締め付けられた。だが「年は取りたくないね」とため息をつく祖母を前に、慌てて笑顔で取り繕った。

 田舎の祖母の家で、空になったまま残されていた古いたんすを引き取った。使い込んだ木材や金具の味わいにひかれたのが大きな理由だったが、祖母と縁がある物を手元に置きたい気持ちもあった。

 たんすの小引き出しを裏返すと、拙いひらがなで母の名前が書かれていた。落書きする幼い母と、若かった戦後間もないころの祖母-。そんな想像から、会うたびにおはぎやどら焼きを作ってくれた祖母の思い出がよみがえった。100年近い歩みや家族への献身を思えば、名前を忘れるなど取るに足らないことに感じた。何度でも名乗ればいい。そう思った。

(丹村智子)

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