決めていた代表メンバー、発表前の五輪延期 知られざる監督の決断

麗しき夢 【23】

(2020年6月5日掲載、肩書などは当時)

 数字は思い出を連れてくる。東京五輪まで5日であと「413日」となった。今年の日程がスライドされれば、ソフトボールは開会式2日前にプレーボールがかかるわけだから、実際は「411日」となる。北京五輪での「上野の413球」を思い出し、一日一日を無駄にするまいと誓ったのは昨年のこと。2年続けてあと「413日」を迎えるとは想像していなかった。

 1年延期を受けて、上野由岐子(ビックカメラ高崎)には電話で「取ったら?」と勧めている。昨春の試合で打球を顎に受け、手術で骨折箇所に埋め込んだプレートのことだ。投球に支障がないのは分かっていても彼女はアスリートである前に一人の人間、そして女性。心身のケアを含めた貴重な準備の時間と思えば、有効に使った方がいい。

 「413」だけではない。「15」も頭から離れない数字だ。東京五輪の代表選手の人数である。代表を預かる立場となり、原則20人の強化指定選手を半年ごとに入れ替えながら、国内外で強化合宿を重ねてきた。3月末に予定されていた代表の発表を前に、私は15人を決めていた。年明けの時点で12人に絞り、1月のオーストラリア遠征と2月のグアム合宿を経て選んだ。

 熟考を重ねた。私の中で最終の選考基準「ソフトボールへの気持ち」を確認して選んだメンバーだ。正直言って「15人」を決めたら、楽になれると思った。そこに一片の悔いもないはずなのに実際は少し違った。選手には伝えていない。自分の胸の内だけの決断。外した選手をまだ見ていきたいという思いもあった。

 心を一つに束ねるには、互いを知らなければいけない。代表合宿では選手との対話を心掛けている。テーマを決め、ミーティングで選手に全員の前で2~3分間のスピーチをさせた。プレー面に限らず、個々の生い立ちから自己分析まで内容は多岐にわたる。例えば照れ屋で口数の少ない選手が、以前なら自分の考えを伝えきれず、感極まって言葉を詰まらせたり、涙を流していたりしていたのに、少しずつ自分の口で思いを表現できるようになった。

 どんな結果からも逃げず、揺るぎない覚悟を持つことが「人間力」だと、元代表監督の宇津木妙子さんから学んだ。そこには「自身を表現する力」も含まれている。団体競技ならなおさらで、特に国を背負う代表選手は「私はこれができる」「相手はこういう意図、狙いでプレーしてくる」と言葉で仲間に説明できなければいけない。心のキャッチボールも含めて意思統一が図られていく手応えを感じていたところでの延期決定の報。今回代表メンバーを発表していれば、来夏もそのままの陣容だった。発表しなかったことで選考は白紙に戻る。「(外れた)選手たちにもう一回チャンスを与えなさい」-。そんな天の声を聞いた気がした。運命なら潔く受け入れるしかない。不抜の信念で結ばれた15人で臨むため、私はもう一度勝負させる。(ソフトボール女子日本代表監督)

 ◆宇津木 麗華(うつぎ・れいか)1963年6月1日生まれ。中国・北京市出身。元中国代表。88年来日、95年日本国籍取得。現役時代は内野手で日本代表の主砲、主将として活躍し、シドニー五輪銀メダル、アテネ五輪銅メダル。2003年に日立&ルネサス高崎(現ビックカメラ高崎)の選手兼任監督就任。04年に現役引退後は11年から15年まで代表監督を務め、12、14年の世界選手権優勝。16年11月、再び代表監督就任。群馬女子短大を聴講生として卒業。右投げ左打ち。

PR

開催中

久木朋子 木版画展

  • 2021年10月13日(水) 〜 2021年10月18日(月)
  • 福岡三越9階岩田屋三越美術画廊

PR