「上野の413球」の真実 ソフト代表監督が胸に刻んだこと

麗しき夢 【38】

(2021年3月17日掲載、肩書などは当時)

 東京五輪に臨む15選手を23日に発表するにあたり、私は重い決断を下さなければならない。沖縄・読谷で行っている日本代表の合宿に参加しているのは19選手。全員が高い技術を持っている中、最終の選考基準は「ソフトボールへの気持ち」になるだろうか。例えば「心・技・体」という言葉。この三要素の順番はさまざまながら、ナショナルチームの場合は「心」が一番上にある。自分の考えを人に説明でき、相手の意図をくみ取ることができれば、監督の戦略にも気付く。2016年末の就任以来、重視してきた準備の一つだ。

 08年の北京五輪を思い出す。主戦の上野由岐子と遊撃手の西山麗だ。「次は遊ゴロを打たせる」と上野がドロップを投げ、西山がさばく。あうんの呼吸で西山も「打球が来る」と分かっていた。心が通じないと、そんな“会話”はできない。現役時代に三塁手だった私も、00年のシドニー五輪で投手が右打者にドロップを投げる時は「三遊間でアウトにしよう」と遊撃手に目で合図を送っていた。

 今回の五輪は4年に1度ではない。5年に1度、ソフトボールにとっては13年に1度なのだ。19人の選手のうち、競技人生で「全国優勝」を経験しているのは約半数で、歓喜がどんなものか想像しにくい選手もいる。未知の世界への備えを万全にしていく過程で、心配や焦り、重圧といった感情が生じることはある。

 沖縄での合宿中に見た上野の投球練習には隙がなかった。印象を伝えると、彼女からこんな言葉が返ってきた。「今は気持ち良く投げられても、試合では分かりません。制球を重視すると球速は落ちる。果たして今の球で打者に通用するだろうかと思うんです」。上野にとっての「答え」は試合での球。練習で良かったからといって試合で満点の結果が出るとは限らない。だから練習で突き詰める。調整ではなく日々の挑戦で不安を打ち消している。

 北京五輪、米国との決勝での「上野の413球」は野手陣の堅守があればこそだ。日本でテレビ観戦していた私は、特に最後のアウトを取ったシーンが忘れられない。内野ゴロをさばいた三塁手の一塁への送球がショートバウンドになった。それを一塁手の佐藤理恵は慌てずに処理した。ショートバウンドの捕球は難しい。金メダルが懸かった究極の場面でエラーになってもおかしくなかった。塁上には走者がおり、佐藤がはじいていたら、ピンチが広がって試合の行方は分からなかった。守備の大事さをあらためて教えられた。

 ウイニングボールをつかんだ佐藤は本来遊撃手だ。あの大会は西山がいたため、一塁手として起用されていた。いろんな状況を想定して練習してきたのだろう。不慣れなポジションなのに、地に足を着けて己の仕事を貫徹した。ソフトボールへの気持ちが伝わる最高のチームプレーだった。

 熟慮断行を前に、ふと頭に浮かんだ。あの世界一には確かな根拠があった。(ソフトボール女子日本代表監督)

 ◆宇津木 麗華(うつぎ・れいか)1963年6月1日生まれ。中国・北京市出身。元中国代表。88年来日、95年日本国籍取得。現役時代は内野手で日本代表の主砲、主将として活躍し、シドニー五輪銀メダル、アテネ五輪銅メダル。2003年に日立&ルネサス高崎(現ビックカメラ高崎)の選手兼任監督就任。04年に現役引退後は11年から15年まで代表監督を務め、12、14年の世界選手権優勝。16年11月、再び代表監督就任。群馬女子短大を聴講生として卒業。右投げ左打ち。

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