「ボールが止まって見える」瞬間…その時、何が起きていたのか

麗しき夢 【43】

(2021年6月28日掲載、肩書などは当時)

 誇張ではない。現役時代に「ボールが止まって見える」瞬間を味わったことがある。初めて日の丸を背負って五輪に出場した2000年シドニー大会。私は代表監督の宇津木妙子さんから「あなたが打たないと誰が打つの?」と主軸を任され、3本塁打を放った。球種は全て異なった。1本目がドロップ、次は外角高めのシュート、最後は米国との決勝で世界を代表するリサ・フェルナンデスのチェンジアップを仕留めた。

 絶対に打たなければいけない場面は必ずある。そこで決して狙っているわけではないのに、ホームランを打つことができた。能力を最大限に引き出してくれたエネルギーが体のどこから湧いてくるのか分からなかった。常にそうであれば、どんな球でも自在に打てるのに、いつでも起きるわけではなかった。俗に言われる究極の集中状態「ゾーン」だと、のちに知った。

 この出来事に共通していることがある。周囲の声が聞こえなくなり、波のようなものが押し寄せてくる。知らないうちに手が震えてくる。力が入る…とは全く違う。手の震えが止まらないのに打てるというから不思議だ。一方で心身を極限まで消耗するのか、この現象の後はすさまじい脱力感に襲われるのが常だった。

 日本国籍を取得する前の「任彦麗」の中国名でプレーしていたときのこと。日本リーグの大事な試合で本塁打を打った。試合後に50歳ぐらいの見知らぬ男性から声を掛けられた。「バックネット裏で試合を見ていて、あなたがホームランを打ちそうな予感がしていたよ」。初めて言われたので驚いた。「この人、ひょっとして超能力者かな」。不思議そうな顔をしていたであろう私に、男性はこう付け加えた。「あなたが打つときは、目や雰囲気から集中力が伝わってくる」

 野球ならイチローさんしかり、今だったら米大リーグ、エンゼルスの大谷翔平選手も同じかもしれない。ソフトボールなら「この試合に全てを懸けている」ときの上野由岐子もそうだ。「ああ、集中しているな」と感じたら、私からそれ以上声を掛けることはない。東京五輪がどんな観戦の形になるにしても、プレーからにじみ出る迫力は第三者にも自然と分かる。

 私は昔から数字の「8」を好んだ。来日して日立高崎(現ビックカメラ高崎)に入ったときは「18」、代表では「28」をつけた。「8」へのこだわりは女王バチが好きだったから。ファミリーの中心としての強さだけでなく、人をめったに刺さない。つまり他人を傷つけない“思いやり”も兼ね備える。余談ながら、私が監督として率いたビックカメラ高崎の愛称「ビークイーン」の由来でもある。

 「人間力」を持った強い選手を育てたいと思って、ここまでやってきた。選び抜いた選手15人とともに挑む今夏。采配を振る中で集中力のスイッチが入り、指導者としての「ゾーン」に入る一瞬が訪れるだろう。さあ来い、望むところだ。(ソフトボール女子日本代表監督)

 ◆宇津木 麗華(うつぎ・れいか)1963年6月1日生まれ。中国・北京市出身。元中国代表。88年来日、95年日本国籍取得。現役時代は内野手で日本代表の主砲、主将として活躍し、シドニー五輪銀メダル、アテネ五輪銅メダル。2003年に日立&ルネサス高崎(現ビックカメラ高崎)の選手兼任監督就任。04年に現役引退後は11年から15年まで代表監督を務め、12、14年の世界選手権優勝。16年11月、再び代表監督就任。群馬女子短大を聴講生として卒業。右投げ左打ち。

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