宿敵米国との因縁…9年前、敵将が差し出した「プレゼント」

麗しき夢 【44】

(2021年7月7日掲載、肩書などは当時)

 企業の最終面接のようだった。プレゼンテーションテーマは「金メダル獲得への強い意志」―。2度目の代表監督に就任した2016年秋に、私は監督選考委員会でコーチの選考方針を示した。「やる以上は勝たないといけない。私一人では勝てないが、3人で力を合わせれば…」。豊田自動織機の元監督で米国人のルーシー・カサレスさん(61)と太陽誘電監督の山路典子さん(50)を招いた。

 3歳上で元投手のルーシーさんは現役時代のライバル。分析力も高く、私は全幅の信頼を寄せている。7歳下で元捕手の山路さんとは一緒に「日の丸」を背負った仲。散歩をしながらでも、いろんな話をする。中国出身で野手だった私を含め、3人でさまざまな角度から試合を見ている。ルーシーさんは主に投手を担当。山路さんは捕手目線できめ細かい。3人が「三本の矢」として結束すれば、米国相手にも勝機はある。

 米国は08年の北京五輪でも日本を苦しめたアボットとオスターマンの両左腕が健在。打線も強力なこのチームを率いるケン・エリクセン監督とは浅からぬ“因縁”がある。1度目の代表監督だった12年夏。カナダで開催された世界選手権の直前だった。現地であった別の国際大会で米国を破った。指導者として、初めて宿敵から挙げた勝利だったと思う。

 試合後、ケンさんから1枚の紙を差し出された。「おめでとう。はい、あなたへの『プレゼント』だよ」と、手渡されたのはメンバー表だった。「次、世界選手権で会おう」と付け加えられた。同じ米国人のルーシーさんはケンさんの言動を痛烈な皮肉と受け取ったのだろう。温厚な性格の彼女が「失礼でしょ!」と怒りをあらわにした。

 果たして世界選手権では大会8連覇を狙った米国を決勝で返り討ちにした。日本にとって42年ぶりの栄冠だった。誇らしい気持ちだった。だからといって、米国を力で上回ったとは思わない。東京五輪の前哨戦と位置づけた18年の世界選手権は準決勝と決勝でいずれもサヨナラ負け。先発した藤田倭、上野由岐子にそれぞれ1試合を任せた私に対し、ケンさんは小刻みな継投で臨んできた。必死さが伝わってきた。日米対抗などを戦った翌19年はサインを出していなかった。何か意図がある。何か“奥の手”を隠している気がした。

 東京五輪は6チーム総当たりの1次リーグを行い、1、2位でいきなり決勝を戦う。米国以外に敗れれば金メダルどころか、決勝進出も危うい。敗者復活を含む独自の方式が採用された北京までとは違う。米国だけ見ていたら足をすくわれる。一戦必勝なのだ。一方で米国を倒さない限り、頂点に立てないのも確かだ。

 9年前にカナダでもらった「プレゼント」を私は侮辱とは思わない。むしろ「さあ、掛かってきなさいよ」と受け止めた。戦いの過程で感情を表に出しても仕方がない。私たち日本代表のプライドを懸ける舞台はグラウンドだけだからだ。(ソフトボール女子日本代表監督)

 ◆宇津木 麗華(うつぎ・れいか)1963年6月1日生まれ。中国・北京市出身。元中国代表。88年来日、95年日本国籍取得。現役時代は内野手で日本代表の主砲、主将として活躍し、シドニー五輪銀メダル、アテネ五輪銅メダル。2003年に日立&ルネサス高崎(現ビックカメラ高崎)の選手兼任監督就任。04年に現役引退後は11年から15年まで代表監督を務め、12、14年の世界選手権優勝。16年11月、再び代表監督就任。群馬女子短大を聴講生として卒業。右投げ左打ち。

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