際だった心のコントロール「113キロ」が表すエース上野の充実

麗しき夢 【49】

(2021年9月15日掲載)

 おそらく確信があったに違いない。東京五輪でテレビ解説を務めた宇津木妙子さん(日本ソフトボール協会副会長)が、上野由岐子(ビックカメラ高崎)の球速を的中させたことが話題になっていた。画面に球速表示されなかった真っすぐを「113キロ」と明言。これが報道陣に提供されたデータと一致したそうだ。

 元代表監督で、所属先でも長年にわたり上野を指導した妙子さんはさすがだ。この「113キロ」には意味がある。若い頃の上野は世界最速と評され、117~120キロを200球ぐらい投げられた。最後の2日間で計413球を投げ抜いた2008年北京五輪の芸当も彼女だからこそ。そんな鉄腕でも疲労は故障につながる。だから、私は「112~114キロで球速をコントロールできるようにしなさい」と助言してきた。

 実際に東京五輪での上野は捕手の我妻悠香(ビックカメラ高崎)と試合中に確認しながら丁寧に投げていた。球速が出過ぎたり、自分で球を軽く感じたりしているときほど危ないことを知り抜いている。今春リーグ戦では真っすぐを思うように操れず、球の抑えが効かずに高めに抜ける場面があった。その時の球速が116キロ。この状態で低めを過剰に意識すると、体を無理に止めないといけないケースがあり、脇腹などに負担がかかって故障を招く。

 上野が怖いのはけがだけ。投球術は年齢に関係なく進化できる。彼女はスタイルが“あるようでない”のではないか。打者がタイミングを取りにくいようにフォームを変えても、他の投手よりも打者に近いリリースポイントは変わらない。私自身、現役時代から投手が球を離すポイントを特に研究してきたからこそ、上野のすごさをより感じる。

 東京五輪が延期になっていなければ、開幕戦の先発はオーストラリアと相性が良かった藤田倭(ビックカメラ高崎)に決めていた。今回は直前の練習試合で被弾するなど本調子ではなく、上野に託した。福島でのあの一戦は私たちソフトボール代表、そして自国開催の五輪のスタートでもあった。勝つ確率を高めるというよりも、必勝を期した。

 大会中に39歳になった上野は、打者との対戦を重ねるほど感覚が研ぎ澄まされていくタイプ。長年一緒にいてよく分かる。体力を温存するよりも、試合でどんどん投げる方が良い結果につながる。青写真通り、全6試合のうち4試合に先発。米国との決勝も当然のように先発しただけでなく、最後は「リエントリー」で締めくくってくれた。

 救援でフル回転して一躍ヒロインとなった後藤希友(トヨタ自動車)の快投や1次リーグの米国戦を一人で投げ切った藤田の力投も大きかった。2人の汗を無駄にせず、金メダルへ導いた全389球。そこには「113キロ」の“法定速度”に徹した心技体の充実があった。何より際立ったのは心のコントロール。「完璧だったよ」と言ってあげたい上野のVロードだった。

 (東京五輪ソフトボール日本代表監督)

 ◆宇津木 麗華(うつぎ・れいか)1963年6月1日生まれ。中国・北京市出身。元中国代表。88年来日、95年日本国籍取得。現役時代は内野手で日本代表の主砲、主将として活躍し、シドニー五輪銀メダル、アテネ五輪銅メダル。2003年に日立&ルネサス高崎(現ビックカメラ高崎)の選手兼任監督就任。04年に現役引退後は11年から15年まで代表監督を務め、12、14年の世界選手権優勝。16年11月、再び代表監督就任。群馬女子短大を聴講生として卒業。右投げ左打ち。

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