路上で若者を殴る大男は言い放つ「ほら、誰も助けてくれない」

【コラム ウオッチ中国】

 路上で大男が若者を殴っている。通行人が止めに入るが、大男は「俺に反抗しているからだ。首を突っ込むんじゃないぞ」と暴力をやめない。「違うんだ。ずっといじめられてきたから抵抗するんだ!」と助けを求める若者。だが、面倒に巻き込まれたくない通行人は次第に離れていく。大男は笑みを浮かべて言い放つ。「ほら、誰も助けてくれない。俺が強いからな」

 香港に住む自称「オタク」のハクさん(30)=仮名=が描いた漫画の一場面だ。大男は中国政府、若者は弾圧を受ける香港の民主派と市民、通行人はそれを見過ごす国際社会を表している。「香港の問題に関心を持ってほしい。その一心で描いた」。オンライン取材にハクさんは訴えた。

 ハクさんが香港の抗議活動をテーマに、漫画を描くようになったのは2019年から。当時、公共施設を破壊する香港の若者に、日本では「やりすぎ」という声があった。「どんな思いで抗議しているのか漫画なら海外の人にも伝わる」。仲間と一緒に作品をウェブサイトで公開してきた。

 ただ、20年6月に反政府活動を取り締まる香港国家安全維持法(国安法)が施行されると「声を上げられなくなった」。作品が「反政府活動をあおっている」として摘発されかねないため、サイトも閉鎖した。

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 ハクさんの漫画には、日本の漫画家が香港問題について発言しないよう中国のファンからお願いされる場面が出てくる。中国を批判すれば、その漫画家の作品は規制されて大陸で読めなくなるため、ファンは「香港のことに関わらないでください。とても敏感な話なの」と訴える。漫画家が「今後は控えます」と応じると、ファンの一人が「作者はダマって作品を作っていればいいよ」とつぶやく。

 実際に、香港デモの記事をツイッターで転載した日本人漫画家の元に、中国のファンから「仕事だけしてほしい」「不確かな情報を拡散しないで」といった声が多数寄せられたという。

 私が北京に駐在していた1年半前、日本の人気漫画「僕のヒーローアカデミア」の登場人物が問題になった。改造人間を造る病院理事長の名前が「志賀丸太」だったため、戦中に人体実験を行い被験者を「マルタ」と呼んだ関東軍防疫給水部(731部隊)を連想させると中国の会員制交流サイト(SNS)で批判が噴出。人物名が変更される事態となった。

 この時は作者と出版社だけでなく、同作品の中国人ファンや2次創作を楽しむ中国の「絵師」もSNSで攻撃された。「敏感な問題に触れないで」と求めるファン心理には自己防衛意識も働いているに違いない。

 規制や検閲、市民の圧力…。「中国は異論を封じるのが本当にうまい。香港もそんな社会になりつつある」とハクさんはこぼす。

 最近ショックだったのは米軍のアフガニスタン撤退だという。イスラム主義組織タリバンが制圧地域を広げ、現地の政権崩壊が不可避になっても米軍は撤退をやめなかった。「国益にならないとアフガン市民を見捨てた」。今のところ、米国は中国の香港弾圧を批判するが、いずれ香港も見捨てるのではないかと疑う。

 少年漫画なら最後はヒーローが勝つ。だが、そんな展望をハクさんは描けないでいる。「正義なんてどこにもない。結局、権力にはかなわないのかもしれない」。力ない言葉に香港の苦境がにじんだ。

 (国際部長=前中国総局長)

 =随時掲載

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