1st写真集「ありのままの自分で」 HKT48田中美久インタビュー㊤ (2ページ目)

なこみく、毎日比べられてつらかった時期も

 -12歳でHKTに加入。初期から矢吹奈子さんと「なこみく」と呼ばれ着々とキャリアを積んできた。

 「あの時期は…なんだろうな。私はHKTに入るまで、誰かと比べられることとか、あまりなかったんですよ。HKTに入って、自分と似たようなメンバーがいて、一緒に『なこみく』としてやっていた時、毎日毎日比べられて、自分も自分の中でいろんな人と比べちゃっていて。気持ち的にはすごくつらかったですけど…。でも、どんどん大人になるにつれて、悩むにつれて、比べられることもいいことなのではないかって、ポジティブにとらえられるようになってきました。その分、選抜に入れていただいたりとか、テレビに出していただいたりとか、注目してもらえる機会をたくさんいただいていることに、まず感謝しなきゃなっていうふうに気持ちが切り替わっていったので…。でもやっぱり、ちょっとつらいなとは思っていました。順調だな、華やかだなっていうのとは逆で、当時はけっこうきつかったですね」

 -2014年3月発売の3枚目シングル「桜、みんなで食べた」で初選抜。外から見る限りでは楽しそうだったが…。

 「子どもだったので、楽しい時はめっちゃ楽しかったです(笑)。でも子どもだったからこそ、いろんなことが目についちゃって考えちゃう年頃だったので、嫉妬しちゃうとか…子どもながらにいろいろ考えていました。でも楽しい時は楽しくやっていました」

2013年デビュー当時

 -コンサート会場の裏で鬼ごっこをしていた。

 「先輩方が遊びに付き合ってくださって(笑)。優しいなって思います。高校生くらいになって思ったんですけど、やっぱり2公演の合間に鬼ごっこをやるのは相当やばいなと(笑)。当時はまどちゃん(森保)とか(渕上)舞ちゃんが鬼ごっことかに付き合ってくださっていたんですけど、とんでもなく優しいなと思いました(笑)。体力がもたない。その時は『さしこちゃん(指原莉乃)は栄養ドリンクを飲んでいて遊びに付き合ってくれなかった』とか言っていたんですけど、当たり前だと思いました(笑)」

 -後輩が入ってきて変化はあった?

 「そうですね…。後輩が入ってきて、自分の中で『しっかりしなきゃ』っていう…。まあ年齢は若いし年上の後輩もいるんですけど、やっぱり先輩なので、そこは自分がしっかり引っ張っていかなきゃって意識が芽生えてきて、指原さんが卒業したり、咲ちゃん(宮脇咲良)や奈子ちゃんが『IZ*ONE』に専任になったりして、前に立たせていただく機会や注目していただける機会が増えてきて。そこから、自分の中で考え方とかも変わった気がします」

なこみくでダブルセンター「経験積み、気持ち的にお互い楽だった」

 -2018年は大きな変化があった。「早送りカレンダー」で矢吹さんと初のセンターに。

 「やっぱすごくうれしかったですね。今まで、私と奈子のどちらかが選抜に入ったら外れたり、総選挙の順位が上がったら下がったりして、一緒になることがなかったので、HKTのシングルで一緒にセンターになれたことはめちゃめちゃうれしかったし、隣がいつも一緒にいるメンバーだったから、割と安心して、楽しみながらセンターができたのがうれしいです」

 -それまでにいろいろと経験を積んできていた。

 「HKTに入ってすぐダブルセンターじゃなくて、ちゃんとお互いがいろんな経験をしてダブルセンターになれたことは、気持ち的にお互い楽だったんじゃないかなって。ファンの方からも『遅すぎるくらいだよ』っていう声をいただいたので、そう思ってくださるんだって思っていました」

 -その後の総選挙で10位に。

 「本当に今でもびっくり。まさか総選挙で選抜入りできるなんて。何年もたつごとに、あれは本当にすごいことだったと、しみじみ感じますね」

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