【自民党総裁選に思う】藻谷浩介さん

一歩前と半歩先が肝要

 一歩前を忘れ、半歩先を考えない。くるくる変わる「今の空気」に、ついつい踊ってしまう。世界中どこでも、人間というのはそういう存在なのかもしれない。だが日本では特にそういう傾向が、目立つのではないだろうか。

 自民党総裁選の報道を見聞きするにつけ、原稿を読まずに議論できる候補がそろったことには、単純に新鮮さを感じてしまう。筆者の場合、特に野田聖子候補の政見には同意点が多い。日本の緊急の課題にして、経済社会の問題の本質であり、かつ中長期的に見ても最重要のポイントは、これ以上の少子化を食い止められるかどうかなのである。

 子どもの虐待死を防げるだけの人員の手当て、そのための予算確保を進めず、困っていない人にまで10万円を配るのが、これまでの日本政府だ。それに快哉(かいさい)を叫んでいるようでは、国の将来はない。

 だがそれはそうとして、一歩前はどうだったか。1年前の9月、自民党の有力者たちは、党員投票を回避して闊達(かったつ)な政策議論を封じ、他人を動かす言語能力に欠けた菅義偉氏を、反論を封じて総裁に担いだ。

 その際に彼を「令和おじさん」「パンケーキおじさん」と持ち上げた、自民党関係者とその応援団に、反省はあるのか。ないどころか今度は、「多様な候補が、活力ある政策論議を行っている点は、さすが自民党」などと、語っていたりするのではないか。

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 半歩先も考えてみよう。有権者に新鮮な印象を植え付けて、目先の衆議院議員選挙をしのぐことができたならば、その先には、議論を避けつつ裏から権力を操ろうとする輩(やから)が、再び暗躍しそうだ。

 いや既に暗躍しているのではないか。4候補のうち3候補が、安倍政権時代の数々の疑惑再調査について否定的に発言しているのを見ると、邪推とも言えないだろう。

 「日本の物価や給与水準は低すぎる」と、ドル換算での比較を目にするようになった。だがそうなった原因は、安倍政権の異次元金融緩和による円安誘導だ。

 年末まで旧民主党の野田政権だった2012年、日本の名目GDPは6・3兆ドルとドル換算では史上最高で、個人消費(持ち家の帰属家賃を除いた家計最終消費支出)は2・9兆ドル。しかし安倍氏が政権に返り咲いた後の13年には、それぞれ5・2兆ドル、2・6兆ドルへと落ち込み、コロナ禍の昨年には5・0兆ドル、2・2兆ドルに下がっている。

 「安倍氏の経済面での功績を考えれば、もりかけ問題など些末(さまつ)なことである」というのは、とんでもない話だ。アベノミクスが立て直したのは株価だけで、実体経済ではない。仮に株価が評価基準なら、菅政権の方がさらに優秀だった。若者雇用の改善の原因が、多年の少子化に伴う人手不足であることは、何回も指摘している通りで、失業率が下がっても消費の沈滞は続いている。

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 事実誤認は、「複数の他人が同じことを言っていれば、裏が取れた感じがして信じてしまう」という、人間の本能に根差している。

 対策は自分で事実を調べることなのだが、間違いを語る相手との人間関係を壊したくないという思いが先立つと、確認を省略して相手に同意してしまいがちだ。ちなみに、振り込め詐欺のチームが悪用しているのも、これと同じ人間心理である。

 自民党総裁選、衆議院議員選挙と続いた先に、正しい事実認識を基に的を射た政策を実行できるリーダーが選ばれることはあるのだろうか。

 それは、一歩前を思い出し、半歩先を考える有権者が、少しでも増えるかどうかにかかっている。

 【略歴】1964年、山口県徳山市(現周南市)生まれ。88年東京大法学部卒、日本開発銀行(現日本政策投資銀行)入行。米コロンビア大経営大学院で経営学修士(MBA)取得。2012年1月から現職。著書に「デフレの正体」「里山資本主義」など。

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