【日高逸子物語】「朝からピリピリ」完全隔離の訓練生活スタート

水上のグレートマザー日高逸子物語(20)

 競艇の2次試験に合格し、故郷で「選手になる」と宣言した日高逸子は、山梨県の本栖湖に向かった。1966年に全国モーターボート競走会連合会(現在の日本モーターボート競走会)がつくった「本栖研修所」で1年間の訓練を受けるためだ。

 逸子は56期生として1984年4月にその門をくぐった。周囲には湖と山、点在するペンションしかない。山に囲まれた宮崎県串間市を離れたくてたまらなくて東京に出たのに、再び自然に囲まれた場所にいる。

 「また何もない所にいる。ほんとに自分でも不思議な気持ちだった」

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