【釜山日報】コーヒー物語① 日本統治時「喫茶店」大衆化 港が生んだ文化

韓国第2の都市、釜山市に拠点を置く「釜山日報」は、西日本新聞の友好紙です。九州に近い韓国南部の街の息吹を伝える釜山日報の記事を随時紹介します。今回からは釜山日報の「コーヒーの都市・釜山」と題した連載(5回)を紹介します。釜山のカフェの歴史をひもとくと、地理的に近い九州の影響がみられ、日本統治時代に大衆化した喫茶店などが釜山のカフェ文化に関わっていることが分かります。歴史を知れば、九州と釜山の往来が再開した際に、立ち寄ったカフェで飲む一杯の味の深みも増すはず。

連載「コーヒーの都市・釜山」①

 最近の「釜山コーヒー」の全国的な人気は一時的なブームではない。最も新鮮なコーヒーの生豆が手に入る場所として、長い歴史があるからこそ、今日の釜山コーヒーが生まれたという声が上がっている。釜山のコーヒー物語を5回に分けて掲載する。

 ■釜山港から輸入された「カベ(コーヒー)」

 1890年代前後に釜山でコーヒーが飲まれていたという記録が最近次々と発見され、釜山でもソウルに劣らずコーヒーを楽しむ文化が生まれていたという見方が有力となっている。

 釜山海関(税関の前身)に勤務していたミン・ゴノという人物が記録した「」(ヘウンイルロク、1892年12月16日付)には「戸所(ホソ)に洋酒3本、甲琲茶(コーヒー)1箱、英国のたばこ1箱を送った」との記述がある。釜山税関博物館のイ·ヨンドゥク館長は「ミン·ゴノが知り合いにプレゼントしたコーヒーは、おそらく自身が英国人の海関長からもらったものとみられる」と指摘する。

 釜山海関は1883年に設立された。ミン・ゴノの記録は、3代目の海関長として英国人のジョナサン·ハントが在任した1888~1898年当時に書かれていた。

 イ館長は釜山のコーヒーの歴史はさらに古いとみている。「もっと早い時期に長崎、対馬を経て草梁倭館(日朝交易の拠点施設)に西欧の砂糖が持ち込まれ、釜山にコーヒーが入ってきた可能性もある」

 同じ時期の公式文書にもコーヒーの記録が出てくる。国史(へんさん)委員会の「統理機務衙門(トンニギムアムン)」報告書には1898年8月19日、使(トンネブサ、現在の釜山市にあった行政機関の責任者)の年会費の内訳に「カベ(コーヒー)茶1筒、1両5銭」という記録がある。地域文化研究者で作家のキム·マンソク氏は「東莱府使がドイツの王族や外国人の客が来るのでコーヒーでもてなさないといけない、とカベを頻繁に取り寄せていた内容が記されている。1890年代には既にコーヒーが広く販売されていたようだ」と推測する。

 また、キム氏は「公式記録によると、1860年代の朝鮮に来たカトリックの宣教師たちがコーヒーを楽しんでいたことが分かる」と指摘。「宣教師が作った1880年の韓仏字典(韓国語-フランス語辞典)と1897年の韓英字典(韓国語-英語辞典)を見ると『カピ』『コピ』などとコーヒーが紹介されている」という。

■日本統治時代に釜山にはタバン(茶房)が多数

 日本統治時代にはコーヒーを飲む場所として、キッタジョム(喫茶店)やカフェ、タバン(茶房)が登場する。キッタジョムは日本語の「キッサテン」を韓国式に読んだ言葉だ。1909年に初めて喫茶店ができて以降、カフェや茶房は大衆化していった。1918年の朝鮮総督府官報には、日本が英国領インドのカベの輸入を禁止すると書かれている。その後、朝鮮には日本経由でブラジルコーヒーが釜山港を通して大量に入ってくることとなった。

 コーヒー人文学者のイ·ギルサン氏が最近発刊した「コーヒーの世界史+韓国カベ史」によると、1925年5月24日付の日本語新聞「釜山日報」(1946年創刊の現・釜山日報とは別の新聞)に「カフェロンドン」という喫茶店の広告が出てくる。店を拡張し、美しい女性従業員12人を雇って営業を再開するという内容だ。その後、1927年10月10日付の釜山日報には、既に約50カ所の正式なカフェが釜山にあるという記事が掲載されている。

 釜山博物館にもこの時期のカフェ文化に関する史料がある。「釜山駅前 ダリヤ」と記されたマッチ箱だ。同館のパク·ミウク遺物管理チーム長は「何年のものか正確には分からないが、日本統治時代に喫茶店がマッチ箱で店の宣伝をするのは日常的だったことが分かる」と説明した。

 作家のキム氏が発見した1922年の「釜山港経済統計要覧」にはコーヒーが「コーヒー・ココア・チョコレート類」と分類され、輸入された量と価格が記録されていた。日本統治時代の様子をうかがい知ることができる資料だ。

 1925年11月20日付の釜山日報には「紅茶、珈琲類 鮮内へ輸入されるもの」という見出しの記事があった。コーヒーは紅茶やウーロン茶、ココアなどさまざまな飲み物とともに輸入され、植民地の朝鮮人も楽しんでいることが記されていた。

(釜山日報・李炫姃記者、趙盈美記者/構成=釜山駐在・具志堅聡)

釜山日報=1946年創刊。本社は韓国・釜山市。釜山をはじめ、蔚山市や慶尚南道を含む韓国東南部を代表する新聞社。電子版「busan.com」も運営。96年に西日本新聞社と協力覚書を締結し、2002年に両社が相互に記者を派遣する交換記者制度を始めた。

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