博士がばらまいた核の脅威

「原爆の父」と呼ばれる米国の科学者オッペンハイマー博士。第2次大戦中、ナチスに対抗するために米国の原爆製造を主導した。だが、実際に原爆が投下されたのは広島と長崎だった。その惨状を知った博士は核兵器の国際管理を提唱し、水爆の開発に反対した▼後年、古代インドの聖典を引用して、こんな言葉を残した。「我は死...

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