サウナを世界に伝えたのは五輪だった 古代人も驚く?第3次ブーム

サウナワールド ととのう人たち(4)

 サウナに通ってみたいけれど、なかなか行動に移せない人も多いはず。サウナとは何か? “そもそも論”を知ることによって一歩を踏み出す勇気を持てるのではないでしょうか。「サウナワールド」第4回は、各地のサウナに足しげく通い、成り立ちや歴史まで調べ始めてしまった西日本新聞meサウナ部員の布谷真基記者(38)が「サウナ今昔物語」をご紹介します。聞き手は相本康一・西日本新聞me編集長(50)です。

 相本編集長 サウナといえばフィンランドが有名だというのは初心者の私でも知っていますが、種類があるのでしょうか。

 布谷meサウナ部員 サウナは大きく分けて2タイプに分かれます。一つは「ドライサウナ」。日本で親しまれてきた高温低湿タイプで、昔ながらの施設に多い。室内はムワッとした熱気で満ちていて、数分もすれば汗が流れるほどの環境。体への刺激は大きいそうです。

 もう一つは、近年増えている「ウエットサウナ」。フィンランド式はストーブで熱した石に水をかけて蒸気を発生させる「ロウリュ」があり、温度だけでなく湿度も高い。他にも霧状になった水分が立ちこめているミストサウナが人気がありますよ。テントサウナもフィンランド式といっていいでしょう。

「けがの功名」で…

 相本編集長 どれがいいのかな。おすすめはありますか。

 布谷meサウナ部員 自分の好みは自分にしか分からないものですよ。私はウエットサウナが好きです。最近は、熱された石に利用者自身が水をかけて蒸気浴ができる「セルフロウリュ」に熱中しています。小さなおけにためた水をひしゃくですくい、焼け石にかけるのですが、ジュワ~ッと水のはじける音が、浮世から離れていく合図のように思えてきます。

 実は、よく利用していたドライサウナで普段通りに鼻呼吸をしていたところ、熱と乾燥の影響のせいか、鼻の中をけがした経験があるのです。かさぶたのようなものができてしまい、全治まで2カ月ほどかかってしまいました。長時間入りすぎたのかもしれませんね。極端な例ですが、高湿度な「ウエット」への移行が進むきっかけになりました。

 相本編集長 「けがの功名」というわけですね。なんだか怖くなりますが、初心者はどうしたらいいんだろう。

 布谷meサウナ部員 まずはいろいろなサウナを試してお気に入りを探してもらいたいですね。初めの一歩を踏み出すのにおすすめなのはスーパー銭湯です。ほとんどの施設には男女それぞれの浴場にサウナがあります。サウナ室の規模にも余裕があります。九州では温泉にサウナが併設されていることも多いですね。

(左上から時計回りに)「ヒナタの杜 小戸の湯どころ」(福岡市西区)、「波葉の湯」(福岡市博多区)、「伊都の湯どころ」(福岡県糸島市)、「ホテルキャビナス福岡」(福岡市博多区)

 インターネットでどの施設にどんなサウナがあるか調べるのも楽しいですよ。サウナ専門検索サイト「サウナイキタイ」には、サウナ室や水風呂の温度だけでなく、休憩スペースやアメニティーの情報が口コミと合わせて記されています。自治体別に探すこともできて便利ですよ。

本質は我慢比べではない

 相本編集長 相変わらず熱いですね。布谷部員はどのようにサウナと出合ったのですか。

 布谷meサウナ部員 いつだったか…。大学生の頃からたまに入ることはありましたが、本格的に利用するようになったのはやはりコロナ禍になってからかもしれません。スポーツジムに併設しているドライサウナを使うようになって初めて、「ととのう」感覚を得られたのです。

 それ以来、住んでいる福岡市近郊を中心に各地のサウナに足を運び、それぞれの施設の趣を感じながらサウナ-水風呂-外気浴のサイクルを回すのが習慣になりました。

(左上から時計回りに)「ウェルビー福岡」(福岡市博多区)、「筑紫野 天拝の郷」(福岡県筑紫野市)、「ふくの湯花畑店」(福岡市南区)、「小倉サウナTOTONOI」(北九州市小倉北区)

 サウナは決して我慢比べではなく、深いリラックスへの通過点である。そして、サウナ浴には人それぞれのペースがある-。学びの多い「サ活」(サウナを楽しむ活動)に手応えを感じる日々です。

 相本編集長 「我慢比べではなく、深いリラックスへの通過点」か。名言が出ましたね。そもそもサウナはどのように生まれ、どう広まったのでしょうか。

 布谷meサウナ部員 ご案内の通り、厳しい冬の寒さで知られる北欧フィンランド発祥といわれています。一説によると、石器時代には動物の皮で覆ったテントのような小屋の中で、石積みストーブを熱していたとのこと。狩猟で各地を転々としていた人々が、移動式のサウナの原型を生み出したのかもしれません。

 部屋や常設の小屋の中をストーブで加熱するようになったのは、2000年ほど前からと伝わっています。

 世界に普及する契機になったのは、実は五輪なんです。

歴史を変えた伝道師たち

 相本編集長 五輪? どういうことですか?

 布谷meサウナ部員 1936年のベルリン五輪に、フィンランド選手団がサウナを一式持ち込んだことがきっかけらしいのです。それに触れた各国の選手が母国に持ち帰り、それぞれの風土に合った形のサウナに変化していきました。

 日本では、東京・銀座にあった温浴施設「東京温泉」の創業者が56年のメルボルン五輪で射撃競技に出場した際、現地で出合ったサウナを東京温泉に導入したといわれています。64年の1回目の東京五輪では選手村にサウナが造られ、日本国内にも広がったのです。

東京五輪開幕を伝える1964年10月11日付本紙朝刊

 相本編集長 なるほど、五輪を舞台に、フィンランド選手団が“サウナの伝道師”の役割を果たしたと。スポーツとの関わりを聞くと、さわやかなイメージも浮かびますが、おじさんがひたすら汗をかく、むさ苦しい場所というイメージがまだ強いような…。

 布谷meサウナ部員 中高年男性の利用が多いゴルフ場のクラブハウスや、カプセルホテルに併設されることが多かったため、若い世代の利用者が増えた現在でも「サウナ=おじさん」の連想がつきまとっているようですね。

 それでも編集長、「健康ランド」や「クアハウス」といわれる温浴施設に行ったことはあるのでは。高度経済成長期にこうしたサウナが人気を博す第2次ブームが巻き起こりました。

 1990年代後半から2000年代にかけて増えたスーパー銭湯のサウナは手頃で人気です。サウナを備えた街の銭湯もあり、それぞれの年代に生まれた施設の特色を味わうのも「サ活」の妙味となっています。

ただ座っているだけなのに

 相本編集長 そうした歴史の積み重ねがあって、最近の第3次ブームなのですね。何かきっかけがあったの?

 布谷meサウナ部員 影響が大きかったのは、2011年に出版された漫画家タナカカツキさんによる体験記「サ道」が知られています。後に漫画化されました。それまでサウナは漫画の題材になりづらいと考えられていました。

 相本編集長 サウナは漫画になりづらいと。どうしてですか?

 布谷meサウナ部員 例えば少年漫画といえば、野球サッカーといったスポーツや冒険活劇が目立ちます。それに比べると、サウナはただ座っているだけですからね。汗をかきながらひたすら自分の内面と向き合う行為は、一見地味です。

 タナカカツキさんの作品は、そこにロマンを見いだした。「ととのった~」というワードが多用され、「ととのったらどうなるんだろう?」と、それまでサウナに関心を持っていなかった20~30代の若い層にサウナーが広がりました。さらに19年と今年、テレビ東京系でドラマ化されたことも大きかった。

 サウナだけでなく水風呂に入り、休憩までの一連の流れを楽しむ交代浴スタイルが広く認知されるようになったのも第3次ブームからです。若い女性のサウナーも増えていますし、福岡市内には女性専用の施設も登場しました。

 コロナ禍も大きいでしょうね。黙って体験できるアクティビティですので、時流にマッチしていたと思います。

合同稽古でつかんだもの

 相本編集長 そういえば先日、meサウナ部の主要メンバーで合同稽古に行ったとか?

 布谷meサウナ部員 ふふふ。編集長は耳が早い。詳しくは後日報告しますが、今回の鍛錬の場はテントサウナでした。アウトドアにサウナを導入したもので、近年のトレンドです。川や海の近くに専用のテントを張り、中に設置したストーブに点火して温めます。十分に蒸されたら川や海へ飛び込んでクールダウン。自然の水風呂が重要なのです。都市部でも建物の屋上などで楽しむ人もいて、テントサウナオーナーが増えています。サウナの原型を生み出した古代人が知ると、驚くでしょうね。

「唐泊VILLAGE」のテントサウナ

 所有しないまでも、テントサウナを導入するグランピング施設やキャンプ場が増加中。今年1月にオープンした体験型グランピング場「唐泊VILLAGE」(福岡市西区)では、施設敷地の裏にビーチ「うしろ浜」があり、海を水風呂代わりにできます。地球と一体化して「ととのう」感覚を味わえますよ。

(西日本新聞meサウナ部・布谷真基)

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