異論を軽視し続けた「1強」の末路 東京報道部・河合仁志

 手元に昨年6月の取材メモがある。当時、官房長官だった菅義偉前首相が周囲に語った、いわゆる「オフレコ」発言。3カ月後、宰相の座が自らに転がり込んでくるとは、この時はつゆほども思っていなかったのではないだろうか。

 9月2日午後4時前、東京・永田町の自民党本部。詰めかけた報道陣の多さに戸惑い、いつものポーカーフェースがゆがんでいるようにも見えた。警護官に囲まれた菅氏は、カメラの隊列を一瞬、気にするそぶりを見せ、二階俊博前幹事長の待つ部屋に消えた-。

 「4時に首相が党本部で幹事長と会うようだ」。一報を受けたのは午後3時少し前だった。直前に「首相が(党役員)人事の打診を断られている。総裁選どころではなくなっている」との情報を耳にしていた私は、鼓動の高まりを感じた。...

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