【岸田政権考】姜尚中さん

◆鍵は歪んだ停滞の刷新

 岸田文雄内閣はどんな政権となるのか。船出したばかりではあるが、所信表明演説などを見る限り、前と後ろに二つの顔を持つローマ神話の双面神ヤーヌスのイメージと重なって見える。

 ヤーヌスは過去と未来の間に立つとされる。国民には、新政権が過去の顔(安倍晋三・菅義偉両政権と続いた「忖度(そんたく)政治」)をしていることが見え見えなのに、未来の顔だけを見せようとしているかのようだ。

 未来は過去の検証と総括なしには見えてこない。にもかかわらず、未来の「新しさ」を強調したいのは、岸田政権が「忖度政治」をリセットした「新しさ」を印象づけたいからだろう。だが、そうすればするほど、具体的な内実は漠然とし、皮肉にも過去と未来の連続が際立って見えてしまうのである。

 確かに新型コロナ対策では、これまでの対応と危機管理のボトルネック(不具合の要因)に言及しているが、不十分だった安倍・菅両政権下の対策の具体的な検証には触れられていない。

 第二の柱の「新しい資本主義」についても、どんな「新しい社会」につながるのか、具体像とロードマップは曖昧で、大胆な方向転換が見えてこない。

    ◆   ◆ 

 岸田首相は「新自由主義的な」資本主義の弊害に言及しているが、構造的な問題の根はそこにあるのではない。英米アングロサクソン型の規制緩和に徹することもできず、ドイツ型の社会民主主義的な社会国家へのかじ取りもできないまま、「仕切られた」競争の中で、「改革」という名の利権構造のすげ替えが繰り返されてきたことにある。

 「仕切り役」が強大な許認可権を持つ行政、采配する政治中枢、中枢に近いインナーサークルのネポティズム(縁故主義)のネットワークが出来上がり、イノベーション(改革)が進まない目詰まりの社会になった。安倍政権での様々(さまざま)な疑惑や不祥事は、そうした構造的な停滞の表れにほかならない。

 政治のよどみによる縁故主義で、公正なルールによる競争や経済システムの透明性が失われ、世界第3位の経済大国でありながら、1人当たり名目GDP(国内総生産)は低迷。それが今の日本の姿だ。国税庁「令和2年分 民間給与実態統計調査結果」によれば、給与所得者の平均給与は433万円で、2年連続の減少。停滞は明らかである。

 その停滞が、少子高齢化といった人口動態的なトレンドだけではなく、縁故主義の構造的な歪(ゆが)みと、それによって再生産される格差の広がりにより温存されているところに日本の「宿痾(しゅくあ)」がある。

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 「新しい資本主義」を説くなら、構造的な歪みと腐敗の温床にメスを入れ、公正なルールによる新規参入と再チャレンジが可能な社会のヴィジョンを示すべきである。

 安倍元首相周辺の縁故主義的な疑惑や不祥事の解明は、その第一歩になるはずだ。それを断ち切れず、帰属する自民党宏池会のレガシー(遺産)である軽武装・平和主義の安保・外交戦略をかなぐり捨て、右旋回をすれば、岸田政権とは、旧政権の「新しい」イチジクの葉と揶揄(やゆ)されても仕方がないかもしれない。

 岸田首相が「令和の池田勇人」になりうるとすれば、旧政権の歪んだ縁故主義を葬り去るほどの政治的な胆力を打ち出せる場合だけではないか。「天職」としての政治には、時には悪魔と契約を結ぶほどの老獪(ろうかい)さが必要だと説いたのは、ドイツの有名な社会学者マックス・ウェーバーである。岸田首相はウェーバーのひそみに倣うほどの「悪魔的な老獪さ」を発揮できるだろうか。

 【略歴】1950年、熊本市生まれ。早稲田大大学院博士課程修了後、ドイツ留学。国際基督教大准教授、東大大学院情報学環教授、聖学院大学長など歴任。2021年4月から鎮西学院大学長。専攻は政治学、政治思想史。著作に「母の教え」など。

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