異例の裁判、目を凝らす 工藤会トップ裁判取材班

 「修羅の国」。特定危険指定暴力団工藤会の本拠地がある北九州市はかつて、こうやゆされていた。

 記事を書く時、この言葉を使うかどうか、いつも逡巡(しゅんじゅん)してきた。市幹部や経済人から「マスコミがいつまでも、そんな書き方をするから、悪いイメージが払拭(ふっしょく)できない」と、何度もたしなめられたからだ。

 確かに市民が「暴力の影」におびえていた時期はあった。同市では福岡県暴力団排除条例が施行された2010年ごろから市民への襲撃が相次ぎ、飲食店や建設業の関係者らが相次いで切り付けられたり、放火されたりする被害に遭った。

 「警察は守ってくれん」。当時、繁華街で取材すると、こんな言葉をよく耳にした。事件が起きてもなかなか容疑者は逮捕されなかった。市民は落胆し、取材する私たちも歯がゆさを感じていた。

 福岡県警が14年に着手した工藤会壊滅作戦は、まさに警察の威信を懸けたものだった。1998年に起きた元漁協組合長射殺事件など市民襲撃4事件を巡り、殺人などの容疑で、会トップで総裁の野村悟被告(74)らの逮捕に踏み切った。福岡地裁は8月24日、野村被告を「首謀者」と認定し、死刑判決を言い渡した。

 壊滅作戦着手後、工藤会は急速に弱体化している。構成員、準構成員はピーク時の1210人(08年末)から430人(昨年末)に減少。会の象徴とされた本部事務所は20年2月に撤去され、今月に入って、野村被告の出身母体で、最大の傘下組織である田中組の二つの主要事務所で解体作業が始まった。

 暴力団の関与が疑われる事件も激減し「暴力の街」という印象は薄まっている。その影響もあり、小倉の中心部では近年、マンションが次々と建っている。昔は暴力団が都市開発の障壁だったが、今は安心して企業誘致や移住施策を推進できる状況だ。市幹部が「摘発こそ最大の暴力団対策だ」と力説する言葉に、深くうなずいた。

 西日本新聞が実施した市民100人へのアンケートでは今回の判決を約9割が評価した。ただ、野村被告の指揮命令を示す直接的な証拠がない中、推認に推認を重ねて極刑の結論を導いた異例の司法判断には、有識者から「運用次第では冤罪(えんざい)を生んだり、暴力団以外に適用が拡大されたりする恐れがある」と懸念する声も上がっている。

 今後、福岡高裁で控訴審が始まる。取材班は引き続き裁判を多角的に検証しながら、工藤会の実態や北九州市の変化をつぶさに追い掛けていきたい。

 工藤会トップ裁判取材班 社会部と北九州本社を中心に構成。トップ裁判の公判の記事や大型企画「マンスリー報告」などを展開し、工藤会の実態や組員の離脱支援なども取材している。

 15~21日は新聞週間。今、伝えるべきことは何か。紙面で、インターネットで、どう発信していくか。悩みながら、走りながら地域に、社会に向き合う記者たちが思いをつづります。

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