前史(下) 「よかトピア」の終了後 アジアマンス 核として

梁木靖弘さん寄稿【さらば、アジアフォーカス 映画祭の回想13】

 何度もくり返すようだが、日本におけるアジア映画紹介は外務省管轄の国際交流基金が中心にあった。加えて、民間でも注目すべき動きがあった。文化大革命終結直後の1977年から97年まで、徳間書店社長の徳間康快が中国映画祭を開催したことである。

 アジア映画受容の変化がよくわかるの...

残り 1191文字

この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。

関連記事

PR

開催中

黒の扉

  • 2021年12月2日(木) 〜 2021年12月7日(火)
  • 福岡アジア美術館7階企画ギャラリーB

PR