衆院選候補者の横顔 大分1区 届け出順

社会の矛盾を解決したい

西宮重貴氏

西宮重貴氏(43)無所属新人

 大手企業が運営する遊技場の支配人という安定した仕事をなげうっての国政挑戦。「やらずに後悔するより、やって後悔した方がいい」と目を輝かせる。

 新型コロナウイルスの感染が広がった昨年5月、勤務する遊技場は1カ月休業となった。自身もコロナに感染することが怖く休業はやむなしと受け止めた。一方で「正社員の自分は休業でも給料をもらえたが、一緒に頑張っていたアルバイトたちは働かなければ無給なため大変な目に遭い、『おかしい』と憤りを感じた」と振り返る。この経験を機に社会の矛盾や問題に意識が向くようになり、政治家になって解決したいと考えるようになったという。

 コロナ禍の中、関心は食べ物や環境にも広がった。バランス良い食事を心がけ自分の生活圏で清掃活動もするようになった。「コロナは生活を見直すきっかけにもなった」と話す。

 尊敬する人はバスケットボールの神様と称されるマイケル・ジョーダン。リーダーシップと決して諦めない姿勢に引かれるという。

若者の政治関心広げたい

野中美咲氏

野中美咲氏(25)N党新人

 被選挙権を得たばかりの25歳。政治は「関わりのない別世界」と感じていたが今年8月、オンラインサロンで出会った政治団体の関係者に出馬を打診された。突然の誘いに「知識も経験もない自分が出馬して周囲から批判されるのではないか」と恐れたが「若者が政治に関心を持つきっかけになるのなら」と引き受けることにし、党公認を得た。

 公約に「大麻解禁の促進」や「今の時代にそぐわない古い規制の撤廃促進」を掲げる。若者の視点を生かして既存の政治に新しい価値観を持ち込み、課題解決を目指したいと意気込む。選挙活動は、会員制交流サイト(SNS)を中心に認知度向上を図る。

 佐賀市出身。同市の高校卒業後、声優を目指して福岡の専門学校に進学した。卒業後は上京してアルバイトしながら、小劇場に役者として出演したこともあるという。現在は、コンサルティング業の自営業。

 大分には、旅行で来たことがあり、温泉を堪能したという。「のんびりでき、癒やされる場所」と話す。

困った人を1人にしない

山下魁氏

山下魁氏(44)共産新人

 国政選挙と県知事選挙を合わせて、12回目の立候補となる。「県内の隅々まで巡りながら、地域の変化を見て、声を聞いてきた。その経験を生かし、困っている人を1人にしておかない社会にしたい」と力を込めた。

 由布市出身。高校を卒業後、県内のガソリンスタンドで正社員として働いた。朝5時ごろに自宅を出て、スタンドの営業時間終了後は事務作業をこなし、帰宅は深夜になることも。「次の世代に同じ事をさせていいのか」。長時間労働に疑問を感じた。

 そんな時、マルクスの「資本論」に関する党主催の学習会に参加。資本論の「個々の資本家を責めるのではなく、社会のシステムの問題点を解明し、全ての人の幸せにつなげたい」との内容に感銘を受け、25歳の誕生日に入党した。

 妻、小学2年生の長女と3人暮らし。趣味は登山。山で調理したラーメンなどを食べるのが楽しみの一つといい「自然というスパイスのおかげですかね」と笑顔を見せた。

大局観持ち大分に恩返し

高橋舞子氏

高橋舞子氏(33)自民新人

 兄弟が不登校で、周囲の理解不足に傷ついた子ども時代の体験が、社会に関心を持つきっかけになった。家族や日本の将来に漠然とした不安を感じていた中学時代に「燃えよ剣」など司馬遼太郎の歴史小説と出合った。幕末の苦境で日本を支えた西郷隆盛ら先人の熱意に胸を打たれ、政治家を夢見るようになった。

 就職した米通信社では、経済再生担当相だった甘利明氏の番記者として、環太平洋連携協定(TPP)交渉を取材。「米国と対等に渡り合う姿」に理想の日本像が重なり「国際社会の一員という大局観を持ちつつ日本の価値観を守る外交を展開したい」と自民党から立候補する決意を固めた。

 母が杵築市出身で、自身は東京生まれ。米国人の夫、3歳の息子と3人暮らしで、家庭内では日英の2カ国語が飛び交う。約2年半暮らす大分の印象は「子育てする人に優しく、自然や食が豊かで住みやすい街」。出馬にあたり、多くの人から支えられてきた。「当選し、大分をよりよくすることで恩返ししたい」

「豊かな生活」実現目指し

吉良州司氏

吉良州司氏(63)無所属前職

 昨年9月、無所属での活動を表明した。無所属で衆院選に打って出るのは初挑戦だった2003年以来。「自分がどこ(の政党)に属すれば生き残るために有利かという考えは持っていないし、そう見られることを排除した。迷いはない」と比例復活の退路を断った勝負に挑む。

 商社勤めの時、ブラジル、米国で暮らした経験を持つ。「日本の方がブラジル人より所得が高いが、周りのブラジル人の多くは幸せそうにしていた。米国では住環境など『生活の豊かさ』を実感した」。帰国すると浮かない顔をして通勤電車に揺られる日本人の姿があった。「もっと豊かな生活を送れるはずなのに、送れていないという矛盾を政治の世界で解消したい」との思いが、政治家を目指したきっかけの一つだ。

 気分転換は国会会期中の東京滞在時に孫と会うこと。孫のためにとダンプカーのおもちゃを買ったところ「大きくて邪魔になる」と家族に注意され「喜ぶと思うのになあと言いながら返品した」と目尻を細めた。

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