「ワクチン受けても希望はない」ホームレス急増するタイのスラム街

 タイでは新型コロナウイルス新規感染者が今なお毎日1万人規模確認されている。飲食店や商業施設の多くが休廃業に追い込まれる中、職と家を失った路上生活者(ホームレス)が増え、感染者とみられるホームレスが街頭で亡くなる悲惨な様子も伝わる。もともと貧富の差が大きかったタイで、官民の支援や感染防止策は彼ら最貧困層にどこまで届いているのか。首都バンコクのホームレス密集エリアを歩いた。

 バンコク最大の鉄道駅フアランポーン駅そば。9月21日夕方4時すぎ、プーンさん(61)は寝転んでいたリアカーの荷台からおもむろに降り、歩きだした。

 ホームレス生活はもう30年。深夜までの間にペットボトルなど換金できるごみを集めるのが日課。多ければ1日約100バーツ(約330円)を得られる貴重な収入源だが「コロナがひどくなってホームレスが急に増えたから、ごみ集めの競争が激しくなって見つけにくい」と苦笑いを浮かべた。

 ホームレスたちの衛生状態は悪く、マスクやアルコールを定期的に買う金もない。屋外での暮らしとはいえ、感染リスクは確実にある。政府は4月以降の感染急増を受け、一般向けのワクチン接種を5月ごろに始め、現時点で1回以上接種を受けた人は人口の約6割、2回接種完了は約4割に上る。だが、ホームレスやセックスワーカー、海外からの出稼ぎ労働者などに対する接種は遅れ気味。有名なスラム地区では早めに大規模な検査と接種を済ませたものの、ホームレスたちへの検査や接種は場所も規模もばらつきがある。

 プーンさんも取材で会ったとき、接種はまだだった。「最近、私立病院のスタッフが声を掛けてくれて、10月半ばに接種できることになった。やっとだよ」

夜6時から外出できないルール

 政府は7月、フアランポーン駅などホームレス密集地域に、無料で寝泊まりできる専用施設を告知するポスターを貼りだした。だが施設は夜6時から朝まで外出できないルール。ごみ集めも飲食店などの荷物を運ぶ日給仕事も夜間が中心のため、施設に入るホームレスは極めて少ないという。

 プーンさんも「絶対行かない」と言い切った。「俺たちは金も家もないけど人間だし、生活スタイルがある。俺たちをちゃんと見てと政府に言いたい」

 10月に入り、プーンさんに接種を終えたかを尋ねるために何度か駅周辺を探したが、見つけられなかった。

「陽性になっても治療が受けられない」

 ホームレスに関するタイ政府の公式データはない。地元メディアによるとバンコクだけで現在約5千人おり、コロナ以前に比べ2割程度増えたとみられる。倍増したとの推定もある。

 民主記念塔や王宮関連施設が多いラチャダムヌン通りでは、反体制デモの若者であふれていた1年前の熱気は消え、視線をさまよわせるホームレスであふれている。9月14日夕方、通りに近い運河沿いに行くと、数百人の行列ができていた。地元非政府組織(NGO)の「イサラチョン基金」が弁当や水、マスク、アルコールなどの物資をホームレスたちに配ると、瞬く間に600セットの物資がなくなった。

 物資を受け取ったホームレス男性プラソンさん(55)は7月に隣のノンタブリー県から移ってきた。この生活が数十年続くが、首都バンコクの方がホームレスへの支援が手厚いと期待したからだ。公的な金銭支援を受けられる条件となるIDカードは持っていない。

 この日は物資だけでなくコロナの抗原検査も無料提供していたが、受ける人はまばらで50個の検査キットは余った。プラソンさんも検査を拒んだ。「検査で陽性になってもお金がないから治療が受けられない。注射の針も怖い」。基金スタッフの再三の呼び掛けにも「検査やワクチン接種を受けても受けなくても希望はない。最悪な生活は変わらない」とつぶやき、その場を去った。

 9月25日早朝、ラチャダムヌン通りに近い公園でホームレスたちを対象とした同基金や私立病院によるワクチン接種が行われていた。9月初めに1回目の接種を受けた350人を対象にした2回目接種の会場だったが、実際に来たのは283人。約70人が2回目を受けなかったことになる。視察に来ていた保健省の職員は「政府が目標とする全国民の70%接種をホームレスで実現するのは正直厳しい。彼らは政府の言うことを聞いてくれない」。

 居場所が転々として携帯やIDカードを持っていない人が多く、検査や接種の管理や周知が難しいため、ホームレス対策は一層のきめ細かさが求められる。だが、基金のスタッフは「コロナ以前と同様、政府はホームレス支援を後回しにして民間の善意に頼っている。政府は『一人も取り残さない』と言うが実際は口だけだ」とこぼした。

「感染は怖いけど、とにかく仕事がしたい

 フアランポーン駅から徒歩10分。古い店舗が密集する華人街の一角にある「ハブ・サイデック」。2011年に発足し、家のない子どもや若者に無料で食事や寝泊まり、簡単な授業の場を提供するNGOで、日本政府も車を寄贈している。

 1日の感染者が2万人を超えた8月以降、感染拡大防止を受けて、政府から施設への立ち入りを制限するよう指導された。立ち寄る子どもたちのため、入り口近くに食事を置いて提供したが、施設内での食事や寝泊まりは2カ月禁止となった。

 10月7日、事務所裏の調理場に若者3人組がやってきた。豚レバー炒め弁当を受け取ったノンさん(18)は「何歳か覚えていないが、子どものときに親に捨てられホームレスになった」。学校には行っておらず、記者に同行したタイ人助手によると、話す言葉や文法に間違いが多いという。

 一緒にいた20代の2人から時々お金をもらうだけで、仕事はしていない。その2人も「コロナで多くの店が閉まり、1日2回あった運搬の仕事も今は週1回くらい。手持ちの金もなくなってきた」と言う。10月に制限が緩和され施設での寝泊まりが再開したものの、NGOの規則で対象は17歳以下。11月には隔離なしで外国人観光客の受け入れが本格解禁される予定だが、仕事がどこまで元に戻るかは分からない。「今はここの食事で何とか生活できている。感染は怖いけど、とにかく早く仕事がしたい」と3人は口をそろえた。

 取材後の夕方、フアランポーン駅に行くと、別のNGOによる炊き出しを待つホームレスの人だかりがあった。その中にはノンさんの姿もあった。

(バンコク川合秀紀)

関連記事

PR

PR