眞子さんの結婚 新たな皇族像の模索は続く

 秋篠宮家の長女眞子さまがきのう、小室圭さんと結婚し、民間人の小室眞子さんとして夫妻での記者会見に臨んだ。婚約内定から4年、皇室慣例の儀式などもなく異例ずくめの結婚となったが、自らの気持ちを貫いた2人の門出を祝福したい。

 この結婚は、私たち国民に重い問いを投げ掛けている。皇族の自由意思はどこまで尊重されるべきで、その人権をどう考えればよいか、といったものだ。

 婚約内定の後、週刊誌が報じた小室家の金銭トラブルなどから、秋篠宮さまは結婚に一時否定的な見解を述べられた。

 眞子さんの思いは変わらなかった。昨秋公表した文書につづった「私たちにとっては、お互いこそが幸せな時も不幸な時も寄り添い合えるかけがえのない存在」という言葉は、結婚本来の意味を説明して十分だった。

 眞子さんは皇室を離れる際に国から支給される一時金を辞退した。結婚に納得していない人がいるという考えに基づく判断のようだ。これを前例とすることには議論もあろうが、眞子さんの意志の強さは伝わった。

 皇室典範は女性皇族が民間人と結婚した場合は「皇族の身分を離れる」とだけ記し、「皇室会議の議を経る」とする男性皇族と比べて自由である。秋篠宮さまが最終的に、憲法が結婚に求める「両性の合意」を引き合いに出し、結婚を認めたのは自然なことだったと言える。

 金銭トラブル報道が続き結婚が延期となり、眞子さんは誹謗(ひぼう)中傷を感じ、複雑性心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断されていた。この発表は多くの国民にも驚きだったろう。

 今回、留学先の米国から帰国する小室さんをカメラで追い回すような報道も見られた。

 皇族は公的存在であり、その動向は私生活も含め一般の関心事になり得る。皇族の「人権」には多様な意見がある。憲法が「国民統合の象徴」とする天皇には国民と同次元の基本的人権は保障されず、皇族もこれに準ずるというのが政府の見解だ。

 それでも生身の人間として守られるべき一線はあるはずで、一部の週刊誌やインターネットを中心とした小室家や皇室の報じ方には反省も求められよう。

 5年前、上皇さまが高齢を理由に天皇退位の意向を表明された際は、象徴天皇とは何かを国民が深く考える機会となった。眞子さんは今回、別の角度から新たな皇族像を私たちに問い掛けたとは言えないだろうか。

 今回の結婚は皇室の世代交代が進むことも意味する。安定的な皇位継承策の議論が政府内で進んでいるが、女性皇族の結婚をどのように位置付けるかも、急ぐべき課題である。

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