加藤の乱後の傷心旅行

 岸田文雄首相も若手議員の頃に血判状をしたためて参加したという2000年の「加藤の乱」。派閥の宏池会を率い「総理に一番近い男」と呼ばれた加藤紘一氏が、森喜朗内閣の打倒に突き進みながら、挫折に終わった政変劇だった。

 それから間もなくして加藤氏は台湾を訪れた。台湾は、外務省の若手官僚だった時に台湾大学へ語学留学した思い出の地だった。...

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