坪井直さん死去 決して諦めない「核廃絶」

 「核なき世界」など理想にすぎず、実現は不可能と思い込んでいないか。そうした諦めに笑顔で「ネバーギブアップ」と声を掛け、核兵器がもたらす惨禍とその非人道性を世界に訴え続けた生涯だった。

 広島の被爆者坪井直(すなお)さんが亡くなった。日本原水爆被害者団体協議会(被団協)代表委員を務めるなど長年、核兵器廃絶と被爆者援護の活動の先頭に立つ「ヒロシマの顔」だった。

 2016年、米国の現職大統領として初めて広島を訪れたオバマ氏と対面し、握手を交わしながらこう語り掛けている。

 「私は核兵器廃絶を決して諦めません。人類のために共に頑張りましょう」

 凄惨(せいさん)な被爆体験と身体の苦痛を抱えながらも、原爆を投下した米国に対する憎しみを乗り越えて手を携える。そう考えられたのは、人間は核兵器とは共存できないという信念と人類愛に基づく寛容さからだろう。

 坪井さんは20歳で被爆し全身にやけどを負った。1カ月余り生死の境をさまよい、一命を取り留めている。被爆の実相を知らせることが生き延びた者の責務と自覚するようになった。

 原爆投下を正当化する米国内の世論に憤り、反論した時期もある。それでも学校で教師として子どもに平和の尊さを伝え、被爆者として海外の人に被爆者の苦悩を訴えるうちに「憎しみからは何も生まれない」との境地に至ったという。

 核廃絶は世界の平和を築くために必要で人類共通の課題である。そうした明確な主張と熱意が国を超えて共感を呼び、人々を突き動かした。今年1月に発効した核兵器禁止条約は、坪井さんたち被爆者による長年の努力が結実したものである。

 坪井さんたちの願いとは裏腹に、日本政府は核禁条約を批准しない方針だ。米国の核抑止力に依存する安全保障政策が背景にあり、締約国会議へのオブザーバー参加にすら消極的だ。唯一の戦争被爆国でありながら、国内外から期待される役割を果たせているとは言い難い。

 交流があった坪井さんの訃報に、岸田文雄首相は「坪井さんの思いを胸に刻み、前へ進む覚悟だ」と表明した。ぜひ言葉通り、核廃絶への明確なメッセージを出し、行動してほしい。

 被爆直後、うつぶせで苦しむ「赤い背中」の写真を手に核廃絶を訴え続けた長崎の谷口稜曄(すみてる)さんも4年前に他界した。被爆の記憶を自分の言葉で語れる当事者が相次ぎ世を去っている。あらがいようもない現実だ。

 私たちがなすべきは、被爆者たちの切なる思いを受け継ぎ、「核なき世界」への歩みを進めることである。

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