「身を削っても良くならない」保健所強化の提言を顧みなかった政治のツケ

 福岡県内の保健所に勤める20代の保健師は、その日も朝から電話に追われた。自宅療養者の体調の確認、濃厚接触者のPCR検査の手配、新規感染者の行動歴の把握…。「血液中の酸素飽和度が90を切った」と自宅療養者から連絡があり、入院先を探す。日付が変わるころ、職場を後にした。

 「この1年半、同じことの繰り返し。いつまで続くんだろう」。新型コロナウイルスの流行がピークに達した8月の時間外労働(残業)は150時間に上った。

 電話のやりとりで、入院、ホテル療養、自宅療養のいずれかを見極める業務にもプレッシャーを感じる。最終判断をするのは医師である所長。だがホテル療養者の体調が悪化したり、入院先から「なぜこんな軽症の人を入院させるの」と非難されたり。同僚が体を壊したのも無理はないと思う。感染症対策の中核を担う保健師らに負担が集中している。

 担当は精神保健。自殺対策の事業を企画し、心を病んだ人の相談に乗った。家庭訪問を通じて少しずつ快方に向かっていた。コロナ禍で、そんな仕事も脇に追いやられた。担当地域の自殺者数(2020年)は前年の約1・3倍に膨らんだが、関わることはできない。「身を削っても、良くなっていく手応えがない。何のためにやっているのか分からなくなってきた」

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 「第1波」(20年4~5月)の段階から、国会では保健所の人手不足による「目詰まり」が指摘された。自治体はその都度、応援職員を増やしたものの、「第5波」(21年8~9月)で自宅療養者が急増し、現場の混乱は苛烈を極めた。

 連日100人前後の感染が確認された福岡県内のある保健所では業務がパンク。数日間、感染者に連絡できずに“放置”する空白が生じた。県の担当者は「重症者がいたかもしれず、まず感染者の症状確認を優先すべきだった」と反省する。福岡市も8月12日から9月末まで、感染経路や濃厚接触者を調べる「積極的疫学調査」の縮小を余儀なくされた。クラスター(感染者集団)を見過ごす危険性もはらむ「苦渋の選択」だった。

 全国保健所長会副会長の宮崎親・福岡県糸島保健所長はこうした状況について「行政改革のツケが回ってきた」とみる。

 戦後、保健所の業務は結核など感染症対応が中心だった。だが特効薬やワクチンの普及で比重が小さくなった。1994年に保健所法が地域保健法に改正され、健康相談や健康診断が市町村に移管したのに伴い、職員はこの約30年で2割減少。保健所の数も92年の852カ所から469カ所にほぼ半減した。

 見直すチャンスはあった。09年の新型インフルエンザの流行を受け、政府の有識者会議は民主党政権下の10年に人員体制の強化を提言。だが12年の政権交代後も含め、顧みられることはなかった。宮崎氏は「コロナは災害対応と同じ。ある程度余裕がないと、いざというとき乗り切れないことが身に染みて分かった」と話す。

 政府は保健所の職員を22年度までに1・5倍に増やす方針で本年度の予算を組み、衆院選では与野党とも体制拡充を公約に掲げる。果たして、コロナや次の新興感染症に対応できる組織へと変革できるのか-。

 (下崎千加)

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