「じゅうじゅう空襲」77年、コロナ禍の追悼式に見た課題

 太平洋戦争中の1944年10月10日。空を埋めた米軍機が南西諸島に爆弾の雨を落とした。那覇市街地は9割が焼失。沖縄県全体で軍民合わせ668人が死亡、758人が負傷した。地元では「10・10(じゅうじゅう)空襲」と呼ぶ。

 空襲から77年を迎えた先月10日、市主催の戦没者追悼式があった。「学童疎開先の宮崎県でみんな一緒に泣きましたよ」。...

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