ベテラン永田町ウオッチャーが説く岸田政権「最大の選挙対策」

東京ウオッチ

 半世紀近く永田町ウオッチャーを続けている政治ジャーナリストの泉宏氏が10日、東京都内であった西日本新聞社主宰の「二水会」で講演。深く親交を結び、折に触れてアドバイスを送っている岸田文雄首相の誕生秘話や、9月の自民党総裁選にまつわる舞台裏、10月31日に投開票された衆院選の分析などを、余すところなく縦横無尽に語り尽くした。岸田政権の次の関門となる来夏の参院選に向けては「余計なことをしない、言わないことが最大の選挙対策だ」と説いた。詳報を記録する。

衆院選の結果分析―選挙予測の限界?

 今回の衆院選で、枝野幸男代表の立憲民主党は政権交代を掲げたが、果たしてその4文字を意識して投票した有権者がどこまでいただろうか。

 埼玉大の松本正生教授(政治学)が分析している。有権者は自民党、公明党から立民に政権交代するなんてことを前提として考えていない。ただ、与野党が伯仲しないと、いつまでたっても「安倍1強」「菅一存」のような「官邸1強」体制が続き、データを隠してしまうような傾向に陥りかねない。だから(国会に)もう少し緊張感を持たせてほしいという人が、それなりにいたのは事実だ。

 それでも、メディアなどの事前情勢調査で、自民が単独過半数に達しないという報道が出たことによって、与野党伯仲は望ましいものの、それが変に進んで自公政権が揺らぐような事態まで行くのは避けたいということで、相当数の有権者が棄権したとみられる。結果的に、55・93%という過去3番目に低い投票率につながった。

 私の見解では、今回の最大の特徴は、小選挙区と比例代表の候補者合計が1051人と、1996年に小選挙区比例代表並立制が始まって以来、最少の候補者数となったこと。(野党候補の統一が進んだことが大きな理由であり)213の小選挙区で統一候補ができた結果、激戦区が生じたのは事実。しかし、今回の場合は全くの無風だった。選挙がこれほど盛り上がりに欠けるということは、最近の衆院選ではなかったことだ。

 これだけ無風の選挙で、何が起きたか。選挙では必ず、有権者が勝ち馬に乗ろうとする「バンドワゴン」効果と、逆に劣勢の候補に同情票を入れる「アンダードッグ」効果ということが言われる。今回は、選挙区によって有権者の態度が変わる不思議な現象が起きた。結果は、自民の圧勝。メディアの選挙予測によって、政局が大きく動いたというのが今回の選挙だった。

自民の巻き返し、共闘挫折の野党はどうする?

 これまでの衆院選では、メディアが序盤、中盤、終盤に実施する情勢調査は極めて正確だった。それが今回は全く失われた。松本教授の言を借りれば、新しい時代の選挙報道、予測報道の仕方を考えなければいけないと。大物の小選挙区落選も相次いだ。東京8区と神奈川13区は、いずれも自民の石原伸晃元幹事長、甘利明前幹事長。野党でも、辻元清美氏や平野博文氏、絶対の強さを誇っていた小沢一郎氏や中村喜四郎氏らが選挙区で涙をのんだ。

 結果を見ると、投票率が上がっているのは18~30歳の層。(この層の)自民党支持率はとてつもなく高い。近くの投票所をのぞくと、午後6~8時の最後の時間帯に若い有権者が来ていた。これが、自民が選挙区で競り勝つ要因になったのではないか。

 期日前投票は従来、投開票日直前の木、金、土曜の3日間に集中する傾向にあった。前回衆院選も、30%強がこの3日間で投票している。ところが、今回はその半分以下。期日前投票は好調だと報じられていたのに、最終的な統計では前回を下回った。これも、自民にあまり負けさせてもまずい、という有権者の自制の結果ではないかと思っている。

 野党としては、最強の戦術とみられた統一候補が213選挙区でできたにもかかわらず、立民も共産党も議席を減らした。これ以上の統一候補は立てようがない。この戦術では、現状では政権を取れないことが結論付けられた選挙だった。今後、立民は共産との共闘を続けるかどうかで苦悩することになる。

 次の参院選の結果を左右するのは、岸田首相が大失敗するか、余計なことを言いがちな人の失言をどう回避するか。これが首相にとっての最大の参院選対策になる。

「終わった岸田」からの蘇生…短期間で何があった?

 そもそもなぜ岸田首相は、自民党総裁選で勝てたのか。私はかつて、ある原稿で「岸田さんはいい人だ。いい人というのは、政界ではどうでもいい人だ」と書いたことがある。それを読んだ首相から、「どうしたらいいですか」と聞かれた。そういうことをすらっと言えるところが、首相のいいところだ。

 昨年末ごろ、林芳正外相が衆院にくら替えする話が出た。時期を同じくして、岸田派の中からも「岸田さんで次の総裁選を戦えるのか」という声が上がった。つまり首相は、完全に退路を断たれていたわけだ。4月、お膝元で行われた参院広島選挙区の再選挙で首相が「県連会長を受ける」と決断した時に、勝負する気だなと思った。この再選挙では自民候補が負けたため、永田町周辺では「完全に岸田は終わった」とささやかれたが、逆に退路を断って闘うしかない道に追いやられた。

 8月に入り、私が人を介して首相に伝えたのは、総裁選で「早く決意表明すべきだ」ということ。菅義偉政権は東京都議選で実質的に負けており、直後に予定されていた横浜市長選でも敗れれば、その瞬間に「菅降ろし」の嵐が吹くということは分かっていた。相手が弱ってから総裁選に名乗りを上げる形になれば、男らしくないとみられるという意味だった。しかし、首相は面白い人だ。返ってきたのは「そんなことをして菅さんをいらだたせるのは、私の趣味じゃない」という趣旨の答えだった。

 その後、岸田派の会合で派内から「岸田立て、立て」という声が上がる。8月26日、総裁選の選挙管理委員会が日程を決めた段階で、抜く手もみせずに出馬宣言する方針が決まった。これが、最大のポイントだった。

 首相は自ら派閥を率いているため、立候補に必要な推薦人20人を確実に集めることが可能。すなわち、表明するのと同時に、菅氏が狙っていた「無投票再選の道」を閉ざすことができる。その前夜、若手に囲まれた首相は「党役員の任期制限」を打ち出すことを決断した。簡単に言えば、二階俊博元幹事長切りだった。局面はがらっと変わった。

 それから、菅氏が何をしたか。解散先行論や人事の刷新、二階氏を交代させようとした。総裁選前に人事に手を付けるなど有り得ない。突然、「解散なんて考えてない」と表明する場面もあり、立て続けにいろいろなことが起きた。解散権を縛られ、人事権も縛られた菅氏は、9月3日、二階氏に「もう気力がなくなった」と告げた。闘う政治家が気力をなくしたら、引くしかない。

 菅氏の退場は、菅氏が目をかけていた河野太郎前行政改革担当相の出馬を呼んだ。高市早苗政調会長も月刊誌で出馬を宣言し、安倍晋三元首相の全面支援を取り付けた上で動きだした。安倍氏は「私が全部、責任を持つ」と言った節がある。野田聖子こども政策担当相の立候補も、二転三転した。聞いた話では、旧竹下派の参院側から「足りなくなったら、いくらでも推薦人を出す」という話があったようだ。要は、「河野総裁」にはくみしないという意思表示だった。

 河野陣営の戦略は単純だった。当時、次の首相に誰がふさわしいかという世論調査で、河野氏、石破茂元幹事長、小泉進次郎前環境相の3人分の数字を足せば60%に達していた。岸田首相は、わずか数%。完全にそれでいけると思い込んだ。改革志向の河野陣営は、派閥領袖(りょうしゅう)への配慮や旧来型の多数派工作を否定し、そこを突いてアピールするべきだった。結果的に、1回戦で圧倒的に大差をつけて勝つ戦略は崩れた。

 これに対し、岸田陣営が徹底したのは、党員・党友票の4割弱を占める各組織、団体などの「職域支部」に働き掛けることだった。首相は、負け戦を、相手の戦略ミスで勝ち戦にできたというのが真実に近い。

岸田人事から見える安倍、麻生両首相経験者との真の関係

 岸田首相・総裁による人事では、いろいろなことが言われた。「どう考えても安倍氏、麻生太郎副総裁の言いなり、忖度(そんたく)人事ではないか」と。10月4日の組閣時と、その後の2日間はほぼ全メディアがそう報じた。事実そうだった。ただし、よく見てみると随分考えられた人事とも言えた。

 (『政治とカネ』問題を抱えた)甘利明氏の幹事長起用には、首相の周りでも反対論が強かった。「選挙でみすみす票を減らすようなことをしてどうするんだ」と。実態は、甘利氏の他に人がいなかった。

 次に政権要職の総務会長、官房長官をどうするか。最大派閥の細田派内には、「福田系」と「岸・安倍系」の両派がある。どちらかというと安倍系の方が傍流だ。だから、福田系である福田達夫総務会長、松野博一官房長官の人事に対しては、安倍氏やその周辺から怒りの声が届いた。安倍氏は、今回の人事に不満だと。だから、急速に「安倍氏への忖度はなかった」という流れになっていった。これは完全に計算して行われたことだ。

 林芳正氏の外相起用も首相らしいと思う。林氏は、地元・山口で安倍氏と複雑な関係にあるから、そこは余裕を持たせて、じわじわとやった。新聞はやはり、安倍さんが怒り狂っていると書く。そう書かれると、首相の支持率は上がる。相当したたかにやっているのは間違いない。

 首相にとっての懸念は、現在の霞が関全体が「官邸の指示待ち」になってしまっていること。官邸の「チーム岸田」からは、いまだに指令が出ていない。どう対処していくか。官邸より党本部が強くなり過ぎる「党高政低」にしないことも、首相の最大課題となる。

岸田政権の青写真―肉食系ではなく、草食系に徹する?

 岸田首相には、政権発足とほぼ同時に臨む今回の衆院選を乗り切れば、次の参院選でも十分勝てるというシナリオがあった。例えば今、トヨタ自動車の労働組合は完全に自民に旋回している。財界、霞が関が全部、「親岸田」という状況になれば負けることはない。

 参院選が終わったら、どうするか。残り2年と数カ月の党総裁任期中、首相は解散はしないのではないか。仮にそうなれば政局とならず、党内から引きずり下ろされようがない。大事なのは、余計なことをしない、言わない、言わせないこと。そして、新型コロナウイルス対策と経済再生の分野で、どんどん前広にやっていく。実績を少しずつ積み上げ、参院選さえ乗り越えれば、さらにコロナ対策、経済再生に全力投入できる。その後、(総裁任期が来ればそこで)自分はもう退陣というのが、首相とその周辺が組み立てている戦略ではないだろうか。

レガシー(政治的遺産)―キッシーの目指す道

 ただ、経済再生やコロナ対策では政権のレガシーにならない。岸田首相が自信を持ってレガシーにできるなと思っているのは、実は憲法改正ではないかと考える。保守リベラルの牙城である宏池会の領袖が改憲と言うと、そういう流れになっていくという首相自身の判断があるとみられるからだ。

 野党第1党の立民も、改憲論議には参加せざるを得ないだろう。今回の衆院選の結果、日本維新の会、国民民主党を合わせた場合の改憲勢力は史上最多、定数の4分の3に達した。(中立的な)公明を除いても、憲法改正の国会発議に必要な3分の2を超えている。

 来年の通常国会途中から、改憲論議は確実に始まると見ている。首相も止める気はない。一般論として言われてきたのは、「改憲の国民投票までに2国会、3国会は必要」と。来年の通常国会、秋の臨時国会、再来年の通常国会になったら当然のことながら、改憲勢力の間で合意した項目から、国民投票にかけようということになっていくと思う。一番早ければ、再来年の夏に国民投票。そういう計算は、首相も頭の片隅にあるのではないか。そうなると岸田文雄政権のレガシーは憲法を初めて改正した、となる。

(取材、構成・河合仁志)

 泉 宏氏(いずみ・ひろし) 1947年、東京都出身。72年に早稲田大を卒業後、時事通信社に入社。田中角栄首相番を皮切りに政治記者活動を始めて以来、永田町で半世紀近く、歴代首相や自民党幹事長などの政権幹部、宏池会など主要派閥を、また霞が関の官界もウオッチしてきた。この間、政治部長、福岡支社長、2006~09年には取締役編集担当を歴任。現在は時事通信社客員解説委員の他、日本賢人会議所理事などを務める。74歳。

泉宏氏が二水会会場で配布した資料

 

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