傾いた民家、続く復旧工事…「すべてが遅すぎた」 朝倉・乙石地区

 九州豪雨から4年。福岡県朝倉市が11日、最後まで残っていた長期避難世帯のある2地区の解除を申請したことで、市内全世帯の避難解除が見えてきた。だが、2地区の一つ、乙石地区を訪ねると、災害の爪痕は今なお残されたまま。住民が戻るには多くの課題が残されている。

 山あいのモミジやイチョウが色づき、澄んだ空気が広がる乙石地区には、ショベルカーが岩を積み上げる音が響く。周辺地域では窓ガラスが割れたり屋根が傾いたりした無人の民家が残されていた。

 県内や九州のみならず、宮城や新潟など全国の工事関係者が集まり、復旧工事を続けている。工事の様子を眺めていた同地区を抱える松末地域コミュニティ協議会の日隈繁夫事務局長(63)は深く息を吐いた。「すべてが遅すぎた。今更ここで『住めますよ』と言われても、家を建てようって思わんでしょ」

 待ち続けた全面解除だったが、4年たつうちに住民の多くは地区外で自宅を再建し、生活拠点は移ってしまった。豪雨前は数世帯あった乙石地区には住民が戻る見通しが立たず、民家も取り壊された。乙石地区を含む松末地域でも約700人弱いた住民が半減した。

 地域のインフラ再建が進んでいないことも過疎化の進んだ要因だ。松末では豪雨で二つの市営団地が流失し、市は新たな団地の建設を計画した。だが、建設予定地はまだ基礎工事の段階。3年前に市内の別地区に移り住んだ60代女性は「自宅再建の時期も場所の確保も見通しが立たず、息子とローンを組める限界も迫っていた」と苦しい胸の内を語った。

 一方、地域を流れる乙石川の護岸はコンクリートで整備されつつある。だが生き物が棲む清流になるまで数年はかかるという。「毎日、この地で楽しく生きる姿を見せていかないと、ここはいつまでも被災地のままだ」。日隈事務局長は前を向く。

 (下村ゆかり)

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