水害の「砦」ほぼ徹夜の3日間…排水機場操作員の遺族が語った“現場”

 8月の記録的な大雨に見舞われた佐賀県小城市の排水機場で、排水ポンプなどを動かす操作員の石井和夫さん(75)が亡くなった事故で、妻(71)と長男(46)が取材に応じた。3日間排水機場に張り付いてほぼ徹夜で作業した石井さん。事故当時は1人で対応しており、「苦しかっただろう」。水害から町を守る「砦(とりで)」の勤務の仕方は現場任せなのが実情。事故から間もなく3カ月、早急な再発防止策を遺族は求めている。

 雨脚が強くなった8月11日昼、石井さんは牛津江排水機場に向かった。牛津江川の水位が一定まで上がると、国土交通省九州地方整備局武雄河川事務所から電話が入り出動する仕組み。

 排水機場の操作員は石井さんを含め3人いる。定期的な水位を記録して、川の支流の水があふれる内水氾濫を防ぐために排水ポンプを動かすのが役目だ。

 操作員は市と委託契約を結ぶ。休憩や仮眠の取り方にルールはなく「現場が決める」(市関係者)。同排水機場では朝昼夜ごとに1人ずつ1時間の休憩を取り、2人以上で作業するようにしていた。

 石井さんは11日から3日間、食事のため自宅に帰る以外は排水機場に詰めた。14日昼、ぐったりした様子で帰宅。妻が「(排水機場では)寝られんとね」と聞くと、「寝られるもんか」。ソファで30分ほど仮眠して戻っていく。自宅周辺は既に道路が冠水して膝上まで水が押し寄せていた。

 木くずなどのごみを取り除く「除じん機」に体を挟まれて亡くなったのはその夜。たまったごみを取り除く作業中だったとみられる。市によると、別の操作員は休憩で帰宅し、周辺が水に漬かり戻るのに時間を要した。もう1人も休んでおり、石井さんだけだった。

 「助けてくれと言いたかっただろうけど、使命感でやったと思う。涙も出ません」と妻は語る。長男は「体調が万全であれば事故は起きなかったかもしれない」と悔やむ。

 「お父さんがご飯を食べに帰ってくる」。妻はこの夜も床下まで浸水した自宅で待ち続けていた。

 (平峰麻由、山口新太郎)

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