「選抜」よりも大事なもの、人と人の「つながり」 HKT48・OG座談会㊥

植木南央、田中菜津美、山本茉央座談会(中)

 HKT48の元1期生、田中菜津美(21)と植木南央(24)、ドラフト1期生の山本茉央(25)の3人が在籍時の思い出を振り返る座談会。お披露目や劇場初日の「遅刻」の裏側に始まり、旧劇場でのハプニング、そしてグループを支え続けた指原莉乃の思い出を語り合う。 (聞き手は古川泰裕)※取材は10月30日

 -2011年10月23日、HKT48お披露目の日に植木くんが寝坊。

 植木「はい…寝坊です…」

 山本「え~(笑)」

 田中「私は、なっちゃん(松岡菜摘)とゆうこす(菅本裕子)と遅刻しました。11月26日の劇場初日はユニット曲ごとに同室で、私はしなもん(下野由貴)と(森保)まどかと『この胸のバーコード』だったんですけど遅刻しました」

 植木「(お披露目も劇場初日も)どっちも遅刻したんやろ?」

 田中「で、(劇場初日に)はるっぴ(兒玉遥)がぶち切れた」

 植木「バスの中がやばかった。泣きながら怒っていた(笑)」

 田中「はるっぴ、ぶち切れていたこと(インタビューで)言っていました?」

 -「怒ってましたねー」って笑っていたよ。

 植木「南央、一生忘れない。Sさん(当時のチーフマネジャー)に西武ドームのトイレで、めっちゃ怒られた。しかも1対1で。もう『アイドル人生、終わったわ…』と思っていたら、咲良も楽屋で同じ事を言っていた(笑)」

 -お披露目の日は集合時間に起きたんだったっけ。

 田中「マネジャーさんからの電話で起きた。ゆうこすが(お披露目の)前日に毛をそっていて、もう本当に血も出ないくらい親指の薄皮をすりむいただけなのに、過呼吸になっちゃって」

 植木「ゆうこす、そういうのすぐそうなる。注射器とかでも」

 田中「刃物とか苦手みたい。で、マネジャーさんが部屋に来て『大丈夫、大丈夫!』って大騒ぎ。そんなわけで寝不足で遅刻しました!」

 植木「関係ないんよ(笑)」

 -よりによってお披露目の日に(笑)

 田中「これ、マジで言い訳できるとすれば、当時は小学5年生で、それまでホテルに泊まったことがなかったんですよ。自分の力で起きるっていうことがなかった」

 植木「南央もなかった。家でお母さんが起こしてくれていたし」

 -そうか、外泊自体が初めてに近かったのか。

 植木「目覚ましの音が聞こえなかった。あれ?気づいたら寝坊している! みたいな」

 山本「何時起きだったんですか?」

 田中「けっこう朝早かった。でも私『やばい』とも思ってなかった。子ども過ぎて何にも分かっていなかった」

 植木「じゃあ『終わった』とも思わんかった?」

 田中「全然。同室のなっちゃんとゆうこすが『ごめんね、起こせなくて』って」

 植木「優しい」

 田中「『すげー』みたいな」

 植木「ていうか、ゆうこすはなんで起きられんやったんや。もう高校生やぞ?」

 田中「私は、なっちゃんとゆうこすがいれば絶対に大丈夫と思っていた」

 -たぶん、それで同室だったのかも。

 田中「お姉さんだし、みんなが起きたら起きようと思っていたら案の定(笑)」

HKT48時代の植木南央(左)と田中菜津美=2012年

 -それぞれ在籍期間も違うけどHKT48として活動した日々はどうだった?

 田中「今、同じことをやれって言われてもメンタル的に無理かも。当時はすごく強かった。肝が据わっていたなって思う」

 植木「でもまた13歳になって、HKTに入るところからやり直しても、きっと同じ道を歩んでいるだろうなって思うくらい、悔いはないですね。また選抜のボーダーラインでうろうろして…(笑)」

 田中「でもこの立ち位置で良かったなって思います。すごくセンターになりたかったとかもないし、ちゃんと『つながり』は8年間の中でつくれたから」

 -「つながり」って大事だね。

 田中「うん。あの時は選抜しか見えていなかったけど、その中でも外仕事を一生懸命頑張っていたら、こうやって辞めても声をかけてくれるんだなって。今の子たちには、そっちの方を大事にしてほしいと思います」

 山本「確かに。選抜だけじゃない」

 -お仕事を通じて知り合った「人」の方が大事。

 山本「そうですね。めちゃくちゃいい経験で。選抜に入れなくても目立てる人は目立っているし」

 植木「ファンの人は見ているからね」

 山本「そう、見ているから。選抜だけじゃなくてもいいと思います」

 植木「逆に、そんなに『推されて』いなかったからこそ、辞めてから歌ったり踊ったりしなくても、こうやって応援してくれるファンの人が残ってくれているなって」

 田中「そうかも。アイドルを辞めても『アイドルのみかんちゃんが好きだったんだよね』っていう人っていないんですよ。そのまま付いてきてくれた。すごくラッキー。(ファンの人たちは)本当にいい人たち、って書いておいてください。(HKTのスタッフに)面談の時も『選抜ばかり意識していたら駄目だよ』って言われていたんですよ。なんでHKTにいるのに選抜を目指しちゃ駄目なんだろうって思っていたけど、そういうことなんだなって思いました」

 -人とのつながりはずっと財産になる。

 田中「りこぴ(坂口理子)とかすごい」

 植木「偉いよね」

 田中「りこぴって本当にすごいと思う。ちゃんと初選抜の子に『おめでとう』ってSNSに書くし。私、初選抜の子におめでとうって書いたことない(笑)」

 植木「南央もないかも」

 田中「でも、りこぴは毎回『~ちゃん、おめでとう』って書くんです。私は、どういう気持ちでこれを書いたんだろうっていつも…。自分の気持ちより相手の幸せを優先できる人ってすごい」

笑いの神様が降りてきた「チョコの行方」

 -これまでの中で特に覚えていることは。

 田中「最初の劇場のセリが壊れた時。ユニットパートから壊れたんですよ。中盤の3曲分をMCで埋めることになって。当時、人気メンバーが外仕事でいなくて、若ちゃんと私しか1期生がいなくて。マジで急だったし、話すことないよねってなったけど、最後までぶっ通しで盛り上げられたのは、私、『持っていたな』と思いました。そうだ、博多座の舞台をやっていた時だ。あれでほとんどメンバーがいなくて、劇場に残ったメンバーは少しモチベーションが下がってしまっているんですよ。そんな中でセリが壊れて公演ができない、ってなっちゃった。え、茉央はおらんかった?」

 山本「たぶん、いましたよね。いるいる、絶対いる」

 田中「で、みんな横一列でMCをしたんです」

 植木「画像で見た」

 田中「もうちょっと延ばして、ってスタッフさんに指示される中で全部MCで埋められたのは良かった」

 山本「MCできるって本当にすごいですね」

 植木「急にね。今できないもん。現役の時って、毎日、何か面白いエピソードが起こっていたんですけど、辞めたら面白い出来事が起こらないよね」

 田中「そう! 爆笑することが減った」

 山本「人と話すことも減りましたもん(笑)」

 田中「うん」

 植木「ネコを飼っちゃったりして(笑)」

 -何の話だ(笑)

 植木「(『手をつなぎながら』公演で担当したユニット)『チョコの行方』は、最初はけっこう嫌だったんですよ。あんまりAKB48の曲も知らなかったし、かわいい、かっこいいユニットがある中で最後の4人。『余り物』だったのかなって。でも『チョコ』って『余り物』だけあって、おかしなメンバーが多かったんですよ。ういたん(古森結衣)とか私とかなつみかんとか…。日々、狙っていないのにアクセサリーがはじけ飛んでMC中にモップで掃除して…」

 田中「笑いの神様がめっちゃ降りてきたね」

 植木「本当に降りてきていた。(初代劇場支配人の)佐藤さんとかもMCの台本をつくっていたけど、それも私たちがやると面白くないんです。でもそれが逆に面白いというか。それもさっしー(指原莉乃)のおかげでそうなったんですけど。面白くないことを笑えるようになった」

 -けんかして、すべって、けんかして…。

 植木「あの時のスタッフの台本も面白くなかったよね」

 田中「『チョコ』は2対2で分かれちゃっていた。MCは『ちゃんときっちり決めた方がいい派』と『それは面白くない派』で分かれちゃって、ステージからも丸見えだった。仲が悪いから誰も突っ込まないし拾わない(笑)」

 植木「なおとなつみかんは仲が良かったけどね」

 田中「そう。若ちゃんと、ういたんに分かれて」

 植木「若ちゃんと、ういたんがケンカするから、私たちが間に入っていた」

 田中「若ちゃんがめっちゃ厳しかったです(笑)。『若ちゃん、このエピソードどうかな』って聞いたら『全然面白くない』って(笑)。だから全然まとまらなかった。でも今、あのメンバーでMCをしたら最強じゃないかと思う(笑)」

 -やはり「チョコ」は思い出深いか。

 植木「思い出深い」

 田中「葛藤だね」

 植木「かっこいい、かわいいに寄ってない分、個性を出そうと、みんな必死だった」

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