あの日の春秋:「荒愁電話」も災害時には活躍(2000年11月17日)

「機械の右方にある把手(とつて)を回して、左方の受話機に耳を当て交換局を呼び、対話者の電話番号を告げ、交換手より『料金を御入れなさい』との通知あるを待つべし」▼一九〇一(明治三十四)年二月、九州初の公衆電話が熊本市内に設置された日に、そんな内容の「通話者心得」が地元紙に掲載された。当時は自動電話と呼ばれた。前年九月に東京に三カ所設置されたのに続いて、国内で四番目だった(NTT西日本の資料から)▼二十世紀は公衆電話の歴史とぴったり重なる。戦後はいろんなタイプが登場した。学生のころ、十円玉をたくさん用意してかけた古里への赤電話が懐かしい。百円玉が使える黄色の電話が出たのは就職したあとだった。ほかにピンクや青も…。時代は公衆電話の色とともに、といった感じ▼公衆電話派は、最近は不便を感じることが増えたのではないか。都心ではそうでもないが、少し離れると、数が減ったように思う。「故障」の紙が張られたままのものにも、ときどき出くわす。街角の風景までが、すさんで見える▼公募された創作四字熟語に「荒愁電話」というのがあった。四十年ほど前に「お別れ公衆電話」という歌謡曲がヒットしている。そんな哀愁と、いまの寂しげな状況をひっかけていた▼先日、公衆電話ボックスの中で携帯電話を使っている若者がいた。静かでいいのだそうだ。街なかはどこもケータイ空間と化しつつある。(2000年11月17日)

 特別論説委員から 九州初の公衆電話設置から120年。今や街なかは完全にケータイ空間で、公衆電話は減少の一途だ。総務省によると、全国の設置数は2020年度末で約14万6千台。10年間で10万台以上減った。本当に公衆電話とお別れになりそうな勢いだが、さにあらず。大規模災害で携帯電話が通じにくくなっても、公衆電話は「災害時優先電話」として活躍する。ただし、近頃は公衆電話のかけ方が分からないという若い人も。「機械の左方にある受話機を耳に当て、お金を御入れなさい。発信音がしたら対話者の電話番号を押すべし」(2021年11月28日)

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