「反国軍」数百人が密入国…タイ国境のミャンマー人“秘密アジト”

抗う タイ国境のミャンマー人たち ㊤

 ミャンマー国軍が目の敵にする代表的な「反軍政拠点」は、よくある古い木造家屋だった。

 タイ北西部の街メソト。ミャンマー国境から数キロの住宅地に、2000年に発足したミャンマー人活動家団体「政治犯支援協会(AAPP)」の本部はある。2月の国軍によるクーデター以降、市民の拘束や殺害情報を連日公表。国連などが弾圧の根拠とする重要な情報源となっている半面、軍政は「誇張した虚偽情報を出す」と非難し続ける。

 家から出てきたAAPPメンバーの男性(53)の顔を見て驚いた。アウン・サン・スー・チー政権下の19年秋、最大都市ヤンゴンにあるAAPPの事務所で取材したことがあった。「無事だったんですね」。何度も死地を乗り越えてきた男性は笑顔だった。

 男性は旧軍政下の民主化運動に参加し、1992年に逮捕された。6年の収監後、AAPPに加わり政治犯の釈放を訴えた。民主化が進展し、11年に旧軍政は終結。AAPPは国内での活動が認められヤンゴン事務所を開設した。男性はそこで働いていたが、2月のクーデター後、再び国軍に追われる身となり、メソトに密入国していた。

 新型コロナウイルス対策で国境は封鎖中。国軍に近いタイ当局も民主派などの不法入国がないか監視を強める。それでも、メソトに潜伏する同胞は「数百人はいる」。隣には、10月に越境してきた別のメンバー(50)もいた。

 本部の奥には民主化運動の歴史を伝える資料が展示されている。そこには、国内から寄せられる犠牲者の顔や無残な遺体の写真が日々、増え続けている。

 「一つ一つが国軍の人権侵害を国際社会に伝える強い証拠で、国軍の支配に立ち向かい続けていることを示す証しだ。だから私もあきらめずにいられる」

地方でも相次ぐ軍政の弾圧

 クーデター後、ミャンマーから逃げてくる同胞の姿がかつての自分と重なる。タイ・メソトの“秘密アジト”で仲間たちをかくまうAAPPメンバーのボー・チーさん(56)が、流ちょうな英語で振り返る。

 1989年、ヤンゴンの大学時代に民主化運動に参加して逮捕され、7年間収監された。釈放後の97年にメソトへ逃れ、AAPPを立ち上げた。半世紀続いた旧軍政が幕を閉じた民政移管から2年後の2013年、一時帰国を果たし、政権との対話を開始。ミャンマーでのAAPPの活動許可を取り付けた。自身も20年末、ミャンマー人としての市民権を取得でき、将来の本格帰国も視野に入った。だが約1カ月後にクーデターが発生。近づいた民主化と自由はまた遠のいた。

 自分たちの活動は無駄だったのか-。自問自答を続けながらミャンマー各地の弾圧の情報を集め、連日英語とビルマ語での発信を続ける。その中で気づいたことがある。多数派民族のビルマ人が多いヤンゴンなどの都市部だけでなく、地方に多い少数民族エリアでも弾圧が相次ぐ実態だ。

 ミャンマーは130以上の民族で構成される多民族国家。独立直後から、自治権拡大を目指す多くの少数民族勢力とそれを封じたい国軍との紛争が続く。AAPPの集計によると、クーデター後に拘束されたのは1万人超。釈放分を除いた約7200人のうち少数民族が多く住む州での拘束は1200人超に達する。

 アウン・サン・スー・チー氏ら民主派も国軍側も、多数派ビルマ人同士の権力闘争という色合いが濃い。だが今、地方からも届く弾圧の情報を知るにつれ、こう思うという。

 「地方の少数民族が長く虐げられ今も犠牲になっている苦しみを、いかに私たちビルマ人たちが深く知らずにきたか」

共闘するビルマ人と少数民族

 記者と約2年ぶりに再会したビルマ人元政治囚(53)も同じ思いだった。

 AAPPヤンゴン事務所勤務時代の17年、都市部だけでなく地方の少数民族州にも足を運び、地元住民や学生に民主化闘争の歴史や民主主義の意義を伝える活動を始めた。前年にスー・チー政権が誕生したが、少数民族和平も自治拡大も進まない地方の実情と住民の強い憤りを肌で学んだ。

 そして今、国軍による弾圧の証拠となる命がけの情報が、活動を通じ信頼関係を築いた少数民族側から寄せられる。

 「今回、長く無視されてきた少数民族問題が私たちビルマ人にも広く伝わったことで、史上初めてビルマ人と少数民族が手を結び国軍と闘っている。だから今回の抵抗は強力なんだ」

 民主派勢力「挙国一致政府(NUG)」は、スー・チー氏が率いる前政権与党国民民主連盟(NLD)関係者や多くの少数民族勢力が連携し、独自に任命した閣僚にも少数民族側リーダーが名を連ねる。NUGが9月に「自衛戦」を宣言すると、呼応して地方の少数民族地域でも国軍への攻撃が激しくなっている。

 「私たちはNUGでも少数民族勢力でもないが、別のウイング(一派)として同じ方向に歩んでいる」。そう話すボー・チーさんたちがそろって深い尊敬の念を示すミャンマー少数民族の女性が、同じメソトにいる。NUGでも少数民族勢力でも政治活動家でもない独自の「抵抗」を、30年以上にわたってこの国境地帯で続けていた。

 クーデターの混乱が長引くミャンマー。タイ国境で国軍支配に抗(あらが)い続けるミャンマー人たちの姿を追う。 (タイ・メソトで川合秀紀)

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